お題
□終わらない恋になれ
1ページ/1ページ
『あの、白石さん……もうここで良いです』
ああ。俺の一番嫌いな瞬間が、今日もまたやってくる。
りんちゃんが夏休みに大阪に遊びに来た日。海に行って、花火大会にも行った。
ほんまはずっと2人きりが良かったけど……あいつら(四天宝寺)がいてりんちゃんが楽しそうに笑っとる顔を見たら、まぁええかって思うた。
電車の中でも遊びに行った時のことを楽しそうに話していたりんちゃんやったけど、新幹線の乗り場に近付く度、その声に元気がなくなっていった。
俺はその意味がわかっとるから、ただぎゅっと繋いだ手を握ることしか出来なくて。
白「今度は、俺が東京に行くな」
『え…?』
白「動物園とか水族館とか、りんちゃんが行きたいところ何処でも行こ。あ、この間りんちゃんが教えてくれたイチョウ並木も見てみたいわ」
少しでもりんちゃんを笑顔にしたくて、これからの予定を立てていく。
そんな俺の話を聞いていたりんちゃんの顔は徐々に明るくなっていき、ほっと安心した。
『そこの近くに、すごく美味しいジェラート屋さんがあるんですよ』
白「ほんま?ええなぁ。じゃ、次は紅葉デートやな!」
『!はいっ』
ぱああっと顔を輝かせるりんちゃんに、俺も自然と微笑みを浮かべていた。
正直、りんちゃんと居れるんやったら何処でもええ。
りんちゃんと出掛ける時はいつも新鮮で、何をしていても幸せな気持ちになれるから。
白「(俺、ほんまに好きなんやなぁ……)」
『前に雪ちゃんと見付けたんですけど、苺のジェラートがすごく美味しくてっ』と興奮気味に話すりんちゃんを、愛しく思いながら見つめる。
……せやけど、"その瞬間"はもう目の前まで迫っていた。
白「ほな、また電話して決めよ。まぁほぼ毎日しとるけど」
『ふふ、そうですね』
白「今更やけど大丈夫か?俺つい長電話してもうて『あの、白石さん……』
『もうここで良いです』
そう呟いたりんちゃんに、ハッと気付いた。
いつの間にか乗り場に着いていたらしく、再び悲しそうな表情になるりんちゃんに胸が痛んだ。
『えと、荷物…持って下さってありがとうございました』
白「…ううん、気にせんでええよ」
アカン。めっちゃ悲しくなってきた。
この、発車のベルが鳴る前の数分間が、俺は嫌いでしょうがあらへん。
りんちゃんが泣きそうに顔を歪める、この別れの瞬間が。
白「(電話なんかじゃ……足りひん)」
この手を離したら、暫くは声しか聞けなくなってしまう。
会いたくて、抱き締めたくて仕方がなくても、それが出来なくなるんや。
『次は、秋ですね』
白「うん、せやな」
『っメールも、たくさんします』
白「うん。俺からもするな」
時間を稼ぐように話すりんちゃんを見ていたら、このまま時が止まってしまえばええのにと思った。
ぎゅうっと胸が掴まれたみたいに痛くなったら、自然とりんちゃんの頬に口付けていた。
ポカンと口を開けて固まっとったりんちゃんの顔が、カアアと真っ赤に染まっていく。
『ふ、不意打ちは、ダメです……///』
白「りんちゃん隙だらけなんやもん」
『!そんなことないですよっ』
白「りんご見たいやなぁ〜真っ赤っか」
そっと片手を頬に添えると、思った通り熱くなっていた。
柔らかくて、真っ白な頬が俺の言動ですぐ赤くなるのが、堪らなく嬉しかったりする。
(睨み付けてるつもりやろうけど)上目遣いで見上げてくるりんちゃんが可愛くて、叫び出したい衝動にかられた。
『あ、あの人何処かで見たような…』
白「ん?」
俺の後ろを見るりんちゃんに合わせて振り向いた時、頬に柔らかいものが触れた。
ちゅ、と軽く押し付けられたものが離れていくのと、俺が視線を戻したのはほぼ同時だった。
『白石さんも、隙だらけです』
頬を染めたまま、悪戯が成功した子供のように笑うりんちゃん。
俺は目を丸くしながらも、カァッと顔が熱くなっていくのを感じていた。
離れがたくなるのはわかっとる。わかっとるけど。
込み上げてくる気持ちを抑えきれずに、ぎゅうっと小さな体を抱き締める。
ドキドキ鳴る鼓動は、俺のものなのかりんちゃんのものなのかわからへん。
白「(……ほんまは、連れて帰りたい)」
神様は意地悪や。いくら会いに行ける距離だとしても、大阪と東京じゃ遠い。
こんなにりんちゃんが好きなのに、距離が離れていることが苦しい。
「行かへんで欲しい」「ずっと一緒に居りたい」
心の中ではそう叫んどるのに、そんな子供染みたことを言うて、りんちゃんを困らせたくないから。
離れようとした時、小さな手がそっと俺の背中に回るのを感じた。
ぎゅううっと抱き締めてくれる力が何処か震えている気がして、俺は"大丈夫"と言う代わりに強く抱き締め返す。
プルルルルルと発車のベルが鳴り響くと、腕の中にある小さな体がビクッと震えた。
ほんまはずっとこうしていたいけど、そっと体を離すのは俺の役目。
白「……ほな、またな」
不安そうに俺を見つめるりんちゃんの頭を、出来るだけゆっくりと撫でる。
泣きそうな顔をふにゃっと下手くそな笑顔に変えるいじらしさに、思わず笑みが溢れた。
コクリと頷いたりんちゃんを合図とするようにドアが閉まり、新幹線が動き出す。
俺を真っ直ぐに見つめ、小さく手を振るりんちゃんに届くように、俺もずっと手を振り続けた。
白「……またな、りんちゃん」
思わずぽつりと呟いた声は、レールを走る音でかき消されていった。
抱き締めた感触が残っとる腕を、生暖かい風が撫でていく。
ずっと見つめ合っていた瞳が見えなくなっても、俺はその場から動かなかった。
何度も、何度も、この瞬間を繰り返す度に。
胸が押し潰されそうな切なさを覚えて、君が愛おしくて、堪らなくなって。
この恋が、永遠に終わらないものであって欲しいと……ただ、強く願う。
((もう会いたい…))