お題

□この恋、きみ色
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*本編『kiss』がベースとなってます。










初恋は幼少期、イギリスにいた頃だった。
多忙だった両親に変わって家の掃除や俺の世話をしていた女性だ。


意思の強そうな瞳と、癖のない真っ直ぐな髪が印象的だった。




気弱で素直な性格より、勝気でプライドが高い性格に惹かれる。
可愛いより綺麗な顔付きの方が好みだ。






ずっとそう思っていた。あいつに出会うまではー……















***




世界大会の強化合宿が始まり、暫く経った頃。朝の練習中、「りんちゃん風邪で寝てるんだって」とジローが唐突に告げた。


起きてるならもっと早く伝えろ。と口から出そうになるがぐっと堪え、俺は冷静に尋ねる。




跡「あーん?誰情報だ?」



芥「丸井くん情報!お見舞いって何がいいかな?って悩んでたから、お菓子って言っておいたC〜」



跡「(何で丸井は知ってんだ)そこは花束や果物だろ…」




「え、そうなの!?」と驚くジローを尻目に、俺は素早く携帯を取り出し、ミカエルに電話を掛けていた。


他の奴が知ってて俺が知らない事実が気に入らないのもあるが、単純に体調が心配だ。
「花束を至急送って欲しい。種類は…」と電話で指示を出していると、横から視線を感じた。




芥「……跡部って良くわかんなE」



跡「何?」



芥「だってさ、そんなにりんちゃんに優しいのに全然会おうとしないし。
普通はさ、もっと欲張りたくなるんじゃないの?」




「跡部らしくないっていうか…」とジローは唇を尖らせて不服そうな顔をする。


本当にこいつは…普段はぼんやり寝呆けてる癖に、たまに核心を突いてくる。
俺らしくないことなんざ、とっくにわかってんだよ。





跡「…あいつにはずっと笑っていて欲しい。ただそれだけだ」




りんに出会ってから色んな表情を見てきたが、あいつには笑顔が一番似合う。




だが、その屈託のない表情を引き出せるのは俺じゃない。


例え勝負に出ない奴と思われようとも、"それ"を奪うことが出来なかった。




芥「わかった!それってさ、大好きってことだよね」



跡「ジロー…お前の解釈どうなってんだ?」



芥「だって、相手が自分じゃなくても、りんちゃんが笑ってると跡部は幸せなんでしょ?やっぱ跡部はかっこEよ!」




ニッコリと笑う顔を見たら、その言葉に裏表がないことがわかる。


素直なところはりんと同じだな。
思わずハッと吹き出し、やけに自信満々に言い切るジローの頭を撫でてやった。




















***




夜、大浴場で髪を乾かしていた俺は、ふとりんの様子が気になった。
携帯にメッセージを打ち込んでから返事がないので、眠っているのかもしれない。



「白石ぃ〜」と呼ぶ声に顔を上げると、鏡越しに全裸の遠山の姿が映った。




金「コシマエ何処行ったか知らへん?」



白「越前くんなら、さっきロビーに桃城くんとおったで。それより金ちゃん…服くらい着や。風邪引くで」




その様子はまるで、駄々を捏ねる図体のデカい子供と母親のようだ。

白石も大変だな…と同情しそうになっている俺の後ろで、「しゃあないなぁ。俺も一緒に行くから」と折れたように話していた。



鏡越しに去って行く2人の背中を見つめながら、ふと考えを巡らせる。
あいつら(越前と白石)が来ない部屋で、りんは1人苦しんでいるんじゃないかとー…



花だけ送った手前、正直気まずさはあるが……寝る前に様子を見に行くことに決めた。








跡「…入っていいか?」




了承を得る為、コンコンと部屋をノックする。
自販機で買ったミネラルウォーターを握り締めながら、確か同室の奴は…と思い出していた。


ガチャッとドアを開けたのはやはりりんではなく、目を丸くした杏ちゃんだった。




跡「夜遅くに悪いな。りんはいるか?」



杏「え、ええ……でもりんちゃん、風邪引いて寝てるけど」



跡「ああ、知ってる。少し様子を見に来た」




警戒した態度だった杏ちゃんは、俺の話を聞くなり「そう…」と納得したように頷いた。
了承を得られたので部屋に入ると、2段ベッドの下でりんが眠っていた。


杏ちゃんの話によると高熱でうなされていた時もあったが、今は落ち着いているらしい。


俺はその場に膝を付いて座り、すーと寝息を立てながら眠るりんを見つめた。




杏「りんちゃん、薔薇の花束喜んでたみたいよ」



跡「そうか…良かった」




机の上で見付けた薔薇は、丁寧に花瓶に生けられていた。
その光景を想像すると、自然と笑みが溢れる。そんな俺を見ていた杏ちゃんは、「…跡部くんもそんな顔出来るんだ」と呟いた。




跡「?そんな顔だ?」



杏「ううん、何でもないっそれより、私ちょっと兄さんに用があるから、少しの間りんちゃんのこと見ててくれない?」



跡「別に構わねぇが、」




「じゃあ宜しくね」とウィンクするなり、杏ちゃんはさっさと部屋を後にした。2人きりにしてくれるあたり、信用はされたらしい。


何を話す訳でもなくただりんの寝顔を眺めていると、『う…』と唇が動いた。




跡「りん?」



『……………っ』




布団をぎゅっと強く握り締めながら、苦しそうに寝返りを打つ。
心配になった俺は顔を覗き込むと、瞳が濡れていた。





『……行か………ないで、』




消えそうなほどの弱々しい声を聞いて、胸が締め付けられたような気がした。
 

透明の涙がゆっくりと白い頬を伝っていく。




跡「…………大丈夫だ」




「りん」と優しく名を呼ぶ。


大丈夫、お前の大事な奴らは絶対に置いていかない。ずっと傍にいてくれるから。



そっと額に手を当てて、もう一度「りん」と語り掛けるように呟いた。




暫くすると、すぅ…と安心したように眠りに付いたりんにほっと胸を撫で下ろす。
心なしか微笑んで見えるのは、俺の勘違いではない筈だ。




跡「(……何でこんなに可愛いと思うんだろうな)」




りんは特別気が強いわけでも、プライドが高いわけでもない。大人っぽく色気があるわけでもない。


だが、素直でおっとりした性格も、意外と芯が強いところも、くりっとした大きな目も、柔らかい髪も、優しい声も。
その全てが可愛く見えて……放っておけない。



誰かをこんなに愛おしいと想ったのは初めてで、自分でも驚くほどだった。





目の前で幸せそうに眠るりんを確認してから、額に当てていた手をそっと退けた。










りんには一番好きな奴の元で、ずっと笑っていて欲しい……その想いは変わらない筈だ。








『この本幸村さんに借りたんですけど、すごい面白いんですよ』




桜の木に包まれたベンチの下で、俺に向かって本を見せるりん。
薔薇の花言葉を読んでいくりんより先に、俺は自分が贈ったピンクと白の薔薇の意味を教えた。




跡「俺様が花言葉を知らないで贈るわけねぇだろ」



『え、ええ!?』




ぴょんっと跳ねるように驚くりんを見て、何か可笑しなこと言ったか?と首を捻る。
"気品""温かい心""無邪気""純潔"…すべて間違っていない。

あとは単純に、りんに対して赤というイメージがなかったからだ。




暫く恥ずかしそうに視線を落としていたりんは、ふわっと春風が通り過ぎると顔を上げる。
俺も合わせるように天を仰げば、風に合わせて桜が舞っていた。




『…桜って、不思議ですよね。見てるだけで心が温かくなって、優しく包み込んでくれてるみたいで、』




りんの表情に、今誰を想っているのか気付いてしまった。




『でも……すぐ散っちゃうんですよね』




ぽつりと呟いたりんの横顔は儚げで、何処か寂しそうで。それでいて綺麗だと思ってしまった。





跡「…散らない花はねぇよ」




散ったとしても、咲くまで待てばいい。咲かないなら新しい種を撒いて、また育てていけばいいだろ。


元々丸い目を更にまん丸にさせてこっちを見るりんに、語ってしまったことが少し恥ずかしくなる。
だが、彼女から発せられた言葉は予想外のものだった。




『跡部さんといると、すごく強くなれる気がします』




『ありがとうございます』と、花が咲いたように笑った。


その子供のようなあどけない笑顔を向けられたことに、柄にもなく目の奥が熱くなり掛ける。




跡「(そんなの……お前だけじゃない)」




口では「当然だ」と自信満々に返してしまうが、胸の中は同じように感じてくれていたことへの嬉しさで溢れていた。



ニコニコと微笑むりんが可愛らしくて、思わずふっと瞳を細める。

唇を重ねてしまったことに気付いたのは、りんの『……へ?』という間抜けな声を聞いた後だった。




跡「………………………!(しまった、)」




身を引いた時には既に遅く、『あ…う、えと///』と顔を真っ赤に染めながら目を泳がせるりんがいて。


俺も上手い言葉が見つからず、名前を呼ぼうとした瞬間…… 脱兎の如くだっと逃げ去って行ってしまった。



その後を追うように桜の花弁が舞い、ただ小さくなっていくりんの背中を見送ることしか出来ずに。

俺はベンチの背もたれに体を倒し、自分のしてしまったことを激しく後悔した。




跡「(これでまた、暫く話し掛けてこねぇかもな……)」




自分のせいではあるが、やはり避けられるのはつらい。


顔を覆いたくなる気持ちを抑えていると、ふと、この間ジローに言われたことを思い出した。




跡「………は、何処がかっこEんだか……」





りんには一番好きな奴の元で、ずっと笑っていて欲しい……確かに、その想いは変わらない筈だった。


筈だったんだよ。




寂しそうに桜の木を見上げた彼女を見て、俺だったら絶対にそんな顔をさせないのに、りんが笑顔でいられるなら何だってしてやるのにとーーそんなことを思う自分に気付いてしまった。


見守るだけでなく、りんの一番近くにいたいと無意識に願っていた。だから、キスをしてしまったんだ。





胸の奥から湧き上がってくる甘い感情に気付いた時には、もう溢れ出していて。



この恋がお前の色に染まっていくのを、俺は止められない。






跡「(………気付くだろうか)」




花言葉の他に、24本の薔薇には意味があるということに。



いつか……こんな風に気持ちを隠さず、いつも想っていると、大好きだと、伝えられる日がきたら良い。

その時は困った顔ではなく、嬉しそうな笑顔が見たいと思った。




そんなことをぼんやりと思いながら、俺は空に向かって真っ直ぐに咲き誇る桜の木を見上げていた。










(取りあえず、自分から話し掛けてみるか)












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