原作短編
□青空クライスト
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本当はずっと前から気付いていたのかもしれない。
気付いていて、ただ、認めたくなかっただけなのかも。
本気で好きになるなんて思ってもみなかった。
だから、認めたくなかった。
たったそれだけのこと。
たった、それだけの……
『カカシせんせー!!』
俺は、ナルト、
お前のことが……
――青空クライスト――
「カカシせんせー!」
「………」
金色の髪をキラキラなびかせて、溢れんばかりの笑みを浮かべ、大きく手を振るナルト。
眩しいほどの色に、俺は僅かに眉を寄せた。
「せんせー!待ってってばよ!」
「あ―…、はいはい」
仕方なく立ち止まってやると、ナルトは大きな動作で駆け寄ってくる。
「カカシせんせー!」
「……何よ?」
次の言葉を知っていながらそう返した俺は、意地が悪いのかもしれない。
「大好きだってばよ!」
絶妙な距離をあけて立ち止まったナルトは、オレを見上げて綺麗に微笑んだ。
いつからだろうか、会う度にこうして気持ちを告げられるようになったのは。
あれは確か、ナルトが自来也様との二年半に及ぶ修行の旅から帰ってきて暫くたった頃だったと思う。
いつものように七班での任務が終わり、解散を言い渡し立ち去ろうとした俺は、あ!という大きな声で思わず足を止めた。
『……ナルト、大声あげてどうしたのよ?』
声の発信源に視線を送ると、俺が振り返るのを期待していたのか、ナルトがニシシ、と声を上げて笑った。
『カカシせんせーさ、オレってば先生に話があんの!』
気になるだろー?とでも言いたそうな調子で近寄ってきたナルトに、ん?と首を傾げた。
『何よ、改まっちゃって』
『あのさあのさ!聞いて驚くなってばよ!』
『あ、あぁ…』
鼻息荒げに身構え始めたナルトに、思わず一歩後ずさった。
『カカシせんせー。オレってば、カカシせんせーのこと、大好きだってば』
『………は?』
澄んだ空色を凝視してからたっぷり十秒。
俺はポカンと、真剣な顔をしているナルトを見下ろした。
『は、じゃないってば!好きなの!オレってばカカシせんせーが大好きなの!』
『え……あ、うん、ありがとね…』
『なんだってばよ!その反応は!』
ぷぅと頬を膨らましたナルトには申し訳ないけど、誰だってそういう反応になると思う。
まったくもっていつもと変わらない調子でそんなことを言われても、一体、こいつはどう反応したらいいと言うのだろうか。
そもそも、今のは果たして愛の告白?なのだろうか?
『で、どうなんだってば?』
『どうって…、何が?』
グイッと顔を近付けてきたナルトから無意識に体を引いてしまった俺を、誰も咎められないだろう。
『だーかーら!オレってばカカシ先生のことが好きなの!』
『…うん、そうみたいだね』
混乱しながら曖昧に返事をすると、ナルトが頭を抱えだした。
『だーもー!ちゃんと分かってんのか?!』
『うん、先生もナルトのこと好きだよ』
地団駄を踏みそうな勢いでジッと見つめられ、俺は頬を引き攣らせながらそう返した。
決して嘘ではない。
ナルトのことは、生徒として、部下として、一人の忍びとして、好きだった。
(そういう意味、でいいんだよね?)
だが、俺の考えに反してナルトはその答えには満足はしてくれないようだ。
不満を通り越して、怒りを滲ませた眼でキッと睨み付けてきた。
『そーゆー好きじゃないってばよ!』
『………』
顔を真っ赤にして憤慨するナルト。
その赤みの原因は、果たして怒りの興奮から来るものだけなのだろうか。
『先生のこと、付き合いたいとか、キスしたいとか、そういう意味で好きなんだってばよ!』
予想通りで、だが、一番外れてほしかった予想が現実となってナルトの口から出てしまったことに、俺は我を忘れてただただ目の前の、まだ少年と言うべき、14も離れた部下を見つめた。
『で、カカシ先生は?』
唖然とする俺を気にも留めず、返事を促すナルトに、我に返ってフーと息を吐き出した。
『…ナルト、それって本気?』
『おう!』
ここで冗談でした、なんて言うとは思っていなかったけど、満面の笑みで答えられるのも予想外。
普通はもっと恥じらいを持って告白するものじゃないのか、とか、流石意外性bPのドタバタ忍者、とか、一体いつからそういう目で見られていたのか、とか、いやいやその前にまず俺もお前も男同士なわけで、とか……
『カカシせんせ?』
ぐるぐる考え出した俺をナルトが訝しそうに見上げてくる。
『いや、どうって言われても…』
『オレと付き合ってください、ってば』
ぺこり、と律儀にお辞儀をしたナルトに、俺は正直弱ったな、頭を掻いた。
『あ―…、気持ちは嬉しいんだけどな、ナルト』
なるべくナルトを傷つけないよう言葉を選びながら、だがはっきりと気持ちを告げた。
『俺はお前のこと、そういう意味で好きじゃないんだ』
ゴメンな。
そう言うと、ナルトが息を呑んだのが空気を通して伝わってきた。
その途端、何だかナルトがいつもより一回りにも二回りにも小さく見えて、居た堪れなくなって、クシャリと目の前の金色を混ぜた。
俺にとって確かにナルトは特別な存在だった。
弟子として、部下として、いや、それ以上の感情を抱いていると思う。
現に今、こうして同じ男のナルトに告白されて、不思議と嫌悪感はまったくない。
忍びという特殊な世界に生きてきたからか、男に告白されたのがこれが初めてではなかった、というのもあるが、寧ろそこまで好かれていたことに嬉しさを感じる程だ。
だが、それは決して“恋”の類ではなかった。
好きは好きでも、種類が違いすぎる。
『……カカシせんせー』
小さく呟いた声を無視して、そのまま頭に手を置いた。
『ナルト、お前の気持ちには応えられないけどさ、俺はお前のこと好きだよ。だから、これからもよろしくね?』
『っ……』
ナルトにとっては辛い事かもしれないけど、敢えてそう言った。
そうであってほしいと思ったのは、単なる俺のエゴ。
純粋にナルトという人間が好きだからこそ、この先関係が気まずくなるのは嫌だった。
『な!』
最後にもう一回髪を掻き回すと、俺はスッと手を引いた。
手をどかしても尚、俯いたままだったナルトに、声をかけるべきかどうか迷ったが、ここはそっとしておいた方が良いと判断し、俺はこの場を立ち去ろうと身を翻した。
……が、
―――ガシッ
『ナルト…?』
袖を掴まれ、ハッとなってナルトを見返すと、
『…オレ、…オレってば、ぜってー諦めないってばよ!』
『ぇ……?』
いきなり顔をバッと上げたかと思うと、今しがた振られたばかりだというのに、意志の強いギラギラとした青色がキッと見上げてきた。
『何があってもぜってー諦めねー、それがオレの忍道だってば!』
『そ…だね』
『だから、カカシ先生のことも絶対諦めねーからな!覚悟しとけよ!』
ビシッと指を差され、宣戦布告してきたナルトに気押された俺は、アハハ、と頬を引き攣らせたのだった。
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