原作短編

□我儘でいて…
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その日、任務から帰って来たカカシ先生から香水の匂いがした。
嗅ぎ慣れない、キツイ香水の匂いが、服から、髪の毛から、全身からプンプン匂ってくる。
思わず顔を顰めたオレに、カカシ先生はいつもと同じ声で、ただいま、って言った。
だから、なんでもないフリをしておかえり、って返して、先生の手を掴もうとしたら、スッと避けられた。
避けられて、やっぱりなかったことになんか出来なくて、考えれば考える程胃がムカムカし出した。


「カカシせんせぇ」

「なに?」

「凄い匂いするんだけど、気付いてない?」

「………」


数時間前、偶然道端で会ったサクラちゃんからカカシ先生が色の任務に行ったことを告げられた。


「先生さ、なんの任務だったの?」

「…まぁ、いろいろ、ね」

「いろいろ…?いろいろ女の人とイチャイチャすんのか?」

「お前…」

「サクラちゃんから聞いたってば。カカシ先生が色の任務だったって」

「……そうか」


そう言って黙って視線を逸らした先生に、また、少し苛立った。


「なんで言ってくれなかったんだってばよ」

「任務内容は極秘。基本でしょ」

「そうだけど、でも、大まかになら…!」

「ナルト」


冷静な顔でこちらを見つめてくる先生に、グッと拳を握り締めた。


「…抱いたのか?」

「………」

「最後までヤったのかって聞いてんだってば!」

「あのね……聞きたいの?」


やれやれ、と、でも少し怒ったように肩を落とした先生は、フーッと息を吐き出した。


「…抱いたよ。最後まで、ね」

「…っ」


その言葉に、胸がギュって苦しくなった。
自分で聞いたのに、聞いたら聞いたで、またイライラが募る。


「なんで…」

「なんでって、任務だからに決まってるでしょ」


確かに、任務だから仕方ないかもしれない。
仕方ないんだけど、でも…


「一言くらい、言ってくれてもいいじゃねーか」

「一言って…、なに?今から任務で女を抱いてきます、って言えばよかったの?」

「それは…!」


少し棘のある言い方に、頭にカッと血が上った。


「オレ達付き合ってるんだから、何かあってもいいんじゃねーかって言ってんの!」

「何か言ったところで何も変わらないじゃない」

「なんだよそれ…!そもそも、もしオレがサクラちゃんから知らされなかったら、センセー黙ってるつもりだったんだろ!」

「いちいち言う必要もないでしょ。私情ならともかく、任務だったんだから」


自分には非がありません、みたいな言い方に、ますます怒りが沸いてくる。


「任務なら、誰かを抱いても浮気にならないって言うのかよ!」

「ならないでしょうよ。こっちだって抱きたくて抱いてる訳じゃないし」

「なら、抱かなきゃいいだろ!」

「あのねぇ…」


頭を押さえてハーと溜息を吐いた先生は、鋭い視線を寄越した。


「お前、それ本気で言ってる?」

「だって!先生はオレと付き合ってるのに、任務だからって女の人抱いて、俺には何も言わずに済ませようとしたんじゃんか!」

「俺は好きでお前を抱くの。任務とか関係なく、私情で。で、今日のは任務。仕方なく抱いた。そのくらいわかるでしょ」

「わかってるってば!でも、じゃあ、私情じゃなかったら黙っててもいいってーのかよ!?」


見下ろしてくる先生に詰め寄って、腕を掴んで至近距離で睨み付けた。
それでも先生の瞳は動揺することなく真っ直ぐオレを射抜く。
その視線が、スーッと冷たくなり、そのまま目が細められた。


「それはさっきも言っただろ。任務内容は、例え恋人だろうと肉親だろうと、極秘扱いだから仕方ないって」

「だからそれは…!」

「しつこいよナルト。もうこの話は終わりだ」

「っ…!勝手に終わらせんなよ!まだオレは納得してねぇ!」


強制的に話を終わらせようとした先生に、オレは怒りに任せて胸倉を掴んで睨み上げた。
少し苦しそうに眉間に皺を寄せた先生は、次の瞬間…


「…いい加減にしろよ」

「ぅっ…!」


いきなり胸倉を掴むオレの手を掴んだかと思ったら、力を籠めて握り締め、そのまま引っ張り反動を借りてオレの体を壁に押し付けた。
瞬間、背中に衝撃が走り、息が詰まる。
と同時に、痛む両手首に目をやると、いつの間にか凄い力で掴まれていて、顔の両側で壁に押し付けられていた。


「嫉妬だか何だか知らないけど、それ以上言うならそれはお前の我儘だよ。納得もなにも、してもらえないならそれでも構わない。だけど…」


掴まれた手首に力が更に加わった。


「納得しないなら、俺達はそれまでだ」

「っ…」

「意味、わからない訳じゃないよな?」


睨み付けるような視線に、開いた口から言葉が出てこない。
かわりに空気の漏れる音がして、唇が少し震えた。



―――嫉妬



確かにオレは先生と寝たその女の人に嫉妬してる。
オレという相手がいながら他の女の人と身体を繋げた先生にも。
例えそれが回避できない任務だったとしても、それでも嫉妬せずにはいられない。
オレはカカシ先生が好きで、だから、例えどんな相手だろうと、はいそうですか、なんて納得できない。
まして、先生はその事実を隠そうとしていたんだ。
苛々するのは当然だと思う。
それに、同じくらい悲しいとも思う。
オレの知らないところでそうやって何かあっても、先生は何も言ってくれないって、
つまりは、言う必要がないってことだろ?
こうしてオレが食らいついても、正論を並べてオレの言葉なんて聞いてもくれない。
しかも最後には…


「…それって、別れるってこと…?」

「お前がそう解釈したならそういうことだ」


なんて―――


「なんでっ、なんでそうなるんだってば!嫉妬しちゃいけないのかよ!」

「そうは言ってないだろ?限度を考えろって言ってるんだ。そもそも、最近、お前は感情のコントロールがまるで出来てない」

「そんなこと…」

「なくないでしょ?この前だって、俺、言ったよな?任務が終わるまで待ってろって」

「だって、あれは…!」


数日前、任務後に会う約束をしていた。
夕方には木の葉に帰るというカカシ先生を、先生の部屋で待ってた。
でも、辺りが暗くなってもなかなか帰って来る気配がなくて…
何かあったのかと不安になって、仙術を使ってチャクラを追いかけて。
門のところで医療班に報告をしている先生に飛びついた。
先生が驚いたのは一瞬のこと。
次の瞬間には眉間に皺を寄せていた。


「班員に負傷者が出て、帰りが遅くなった。それを勝手に勘違いして、仙術まで使って俺を見つけて」

「夜になっても帰って来ないから心配で…」

「寄り道してるんじゃないかって?」

「ちがっ…!」

「任務がすべて予定通りに遂行されるとは限らない。それはお前だってわかってるでしょ。仙術だって、私情で使っていい代物じゃないだろ」


言い返せなくて口を噤んだオレに、カカシ先生はフーと疲れたように溜息を吐いた。


「とにかく、そういちいちお前の我儘に振り回されてたんじゃ、俺だって疲れる」

「わがまま…」


呟いて、拳を握り締めた。
先生を心配するのも、嫉妬するのも、我儘…?

感情がぐるぐるして、頭が混乱して、視界が定まらない。
そんなオレを見て、カカシ先生が掴んでいた手を解放した。


「ねえナルト、暫く距離を置こうか」

「っ、い、嫌だ!」

「一度、頭を冷やせって言ってるの」

「なんで?!先生ってばオレのこと嫌いになったのか?!」

「そうじゃない。ただ、少し離れた方がいいのかもしれない、ってこと」

「つまり…別れたいってこと…?」


溜息交じりの声に、震える口からそう言葉を出すと、カカシ先生はゆっくりと目を瞑った。


「やだってば!別れるなんて嫌だ!」

「誰も別れるとは言ってないでしょ。少しだけ距離を置こうって言ってるんだ」

「別れるのと一緒じゃねーか!」


掠れるくらいの声でそう叫ぶと、先生の腕を掴んだ。
それでも首を横に振った先生に、俺は背筋がスーッと冷たくなっていくのを感じた。
掴んだ腕を力なくゆさゆさ揺すってみても、カカシ先生の反応は変わらない。
ねえ、と声を掛けても、返事をしてくれなくって…


「…ま……ぃ……ってば…」


俯いたまま、


「もう、我儘言わないってば…」


そう口にするのが精一杯だった。





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