原作長編

□見えない涙 ―約束―
1ページ/2ページ



「………え?誕生日?」

「そう」


その日、任務終わりに珍しくカカシ先生に呼び止められたオレは、思いがけない言葉に吃驚して、間抜けな顔で先生を見上げた。


「……誰の?」

「お前の」


もうすぐだろ、と呆れて見下ろしてくる先生に、今日が10月7日であることを思い出した。


「俺の誕生日、祝ってもらったからな。一応お返し。何か欲しいものあるか?」


ニコリと微笑む先生に、オレは先月のことを思い起こした。

付き合い始めて一か月ちょっと経った頃だっただろう。
偶然にもカカシ先生の誕生日を知ったオレは、慌ててプレゼントを考えていた。
何せ、知ったのは先生の誕生日当日で。
アスマ先生が話していたのを偶然通りかかったオレが聞いたという、何とも間抜けな出来事だった。
当然、何も知らなかったオレはプレゼントなんか用意しているわけもなく……
何を送ろうかアタフタしだしたのと同時に、誕生日を教えてくれなかったカカシ先生に悲しくなった。
それはまるで、オレ達の関係を象徴しているようで………


―――所詮、セフレだもんな…


そんな自分の思考にも落ち込み、オレはトボトボと商店街へと足を向けた。


『カカシせんせー!誕生日おめでと!』

『……ん?』


その足でカカシ先生の家へ直行した俺は、つい先程買ったばかりのプレゼントを差し出した。


『……』


オレの掌にある小さな包みをジッと見つめて黙り込んだ先生。
暫くそうしてから、スッとプレゼントを取り上げた。
ガサゴソと包装を取ると、そっと中身を持ち上げた。


『先生犬好きだろ?商店街歩いてたらさ、偶々見つけたんだ。それ、パックンにそっくりだろ?』


ニシシ、と笑いながら、先生の反応を窺う。
カカシ先生は自分の目の高さにぶら下げたプレゼントのキーホルダーを見て、確かに、と口にした。


『今日が先生の誕生日だってさっき知ったから、考える時間なくってさ。何がいいか悩んでたら、それが目に入ったんだってばよ』

『……お前、俺の誕生日知らなかったのね』


意外そうに目を大きくして見つめてくる先生に、あれ?とオレは記憶を辿った。


『昔、サクラたちが騒いでたじゃない。女の子はそういうサプライズ好きだからね。だからてっきりナルトも知ってるもんだと思ってたけど…』


違ったみたいだね、と笑った先生の顔が少し寂しそうに見えたのは、きっと気のせいだろう。


『う、ゴメンってば、オレってばそのことすっかり忘れてた』


確かにそんなこともあったが、もう何年も前のことで。
それに、その時オレはサクラちゃんたちの話に混ざっていたわけじゃないから、記憶は曖昧だった。


『ま、別に気にしてないよ。それよりありがとね、これ』

『お、おう!…そんな安物で悪いけど』


あまりにも嬉しそうに笑うから、もっとちゃんとした物を渡せばよかったと後悔したが、今更どうこうできない。
誕生日プレゼントとしては相応しくないかもしれない、と不安に見上げると、先生の手が頭の上に降りてきた。


『気持ちだけでもありがたいよ』


そう言ってくしゃりと髪を撫でると、先生はキーホルダーを包みに戻した。

そういえば、あれからあのキーホルダーを一度も見かけていない。
まさか捨てたとかはないとは思うけど、やっぱり気に入らなかったのかもしれない。
先生の趣味なんて全く分からなくて、プレゼントを考えたって、思いつくのはエロ仙人が書いたカカシ先生の愛読書たちだけで…


(オレってば、カカシ先生のこと、全然知らないんだよな)


体のことは分かるのに、気持ちは全然わからない。
先生がいつも何を思って任務に就いて、オレやサクラちゃんと会話して、イチャイチャシリーズを読んで、そして、オレを抱いているのかも―――


(“気持ちだけでもありがたいよ”か…)


確かにそう言ってたのは先生なのに。
気持ちが嬉しいって言ったのに。


じゃあ、オレ達の関係は………?


オレの気持ちなんか置き去りで、体だけのこの関係は、一体なんなの?


考えれば考えるほど分からなくなる。

カカシ先生が悪いわけじゃない。
オレがこの関係を承諾したんだ。
一方通行でも構わないと首を縦に振ったのは自分。

だけど、体を重ねる度に強くなるのは先生が好きだという気持ちで―――


「誕生日プレゼント……」

「そう」


無意識に口からこぼれた言葉に先生がニコリと微笑んだ。


「欲しいもの、何かあるか?あんまり高いものだと流石に無理だけどな」

「……うん」


―――欲しいもの


欲しいものだったら、ある。

ずっとずっと欲しかったもの。

欲しくて欲しくて、でも絶対に手に入らないもの。


カカシ先生の、“好き”


先生の好きをオレにちょうだい…?


そう言ったら先生はなんて答える?

そんなの言わなくたって分かる。
あの時、告白した時に答えはとっくにもらってるから。


だから、せめて………


(キス、してほしい…)


オレは目の前のカカシ先生を見上げた。


「…なんでもいいんだってばね?」

「ああ」

「物じゃなくても…?」

「……え?」


オレの言葉に先生の表情が固まり、見る見る強張っていく。

その表情に、オレはハッとなった。

きっと、オレの考えていることなんてバレバレなんだと思う。
現に、先生に告白したんだから。
でも、オレだってそこまでバカじゃない。
好きになってくれ、なんて言わない。
言っていいことと悪いことくらい、分かってる。

オレは、痛みに耐える様にギュッと拳を握り締めた。


「ナルト、それってもしかして…」

「飯!」

「………は?」


難しい顔をしている先生の言葉を遮って、オレは大きな声を上げた。
そんなオレの言葉が意外だったのか、先生は唖然と口を開けた。


「だ〜か〜ら〜、飯!先生が夕飯作ってくれってば!」

「え…、あ、夕飯?」

「そうだってば!」


間抜けな表情をしている先生に、オレは明るいトーンで言葉を続けた。


「オレってば、ずっと一人だったからさ。誰かの手料理なんかあんま食べたことないし。だから、カカシ先生が作ってくれよ、な!いいだろ?」


ニシシ、と笑ってみせたオレに、呆気に取られていた先生は一瞬複雑な顔をしたかと思うと、次の瞬間フッと笑った。


「な!なに笑ってんだってばよ!」

「いや、なんか意外だったからさ。ナルトのことだから、てっきり一楽のラーメン奢れだとか、スゲー術を教えてくれだとか、Sランク任務もってこいだとか」

「…先生ってば、オレのことなんだと思ってんだよ」

「まあまあ」


そう言って誤魔化した先生に、オレもいつものように不自然にならないように話を合わせた。


「じゃあ、10日の夜に行くね。材料は買って行った方がいいか?」

「あ―…、一応ちょっとなら冷蔵庫にあるとは思うけど……」

「野菜がないとか言わないよね?」

「………」


カカシ先生は、明後日の方向を向いた俺に、やれやれと溜息を洩らした。


「ま、適当に買ってくよ」

「う……ん」

「…どうした?」


返事に微妙な間があったことを不思議に思った先生が、眉を寄せてオレを見つめた。


(……一緒に買い物がしたい、なんて言えっこないってば)


オレ達の関係はもちろん秘密で。
誰かにバレないように、プライベート、特に外では会わないようにというのは暗黙の了解だった。
上司と部下という関係は公認だから、一緒にいても然して問題ではないが、任務のない日はお互い外で会うことはなかった。


「……あ、いや、その…なんでもないってば!」


ハハハと、笑顔を貼り付ける。
どうせ嫌な顔をされるに決まってるものを、敢えて自分から言うほどの勇気なんかなく、オレはこっそりと震える拳をギュッと握り締めた。






.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ