原作長編
□見えない涙 ―約束―
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(結局、キスどころか買い物すら言えなかったってば……)
先生と別れてから自宅に帰ったオレは、ベッドの上にダイブすると、枕に顔を埋め掻き抱いた。
「キス……、してみたいな…」
カカシ先生と“セフレ”になってからもう2ヶ月程経った。
そういう行為だってそれなりの数をこなしてきたけれど、キスだけは一回もしたことがなかった。
別に、キスをしたくない、と言われたわけではない。
だけど―――
「避けられるって、結構傷つくってば…」
前に一度、行為の最中にさり気なくキスをしようとしたことがあった。
関係上、あまり堂々と行動に移せない為、あくまでさり気なく、だが。
あれは前から抱かれているときだった。
目の前にあったカカシ先生の整った顔。
普段は見ることのできない口布の下の綺麗な顔に、ドキリと心臓が脈打ったのはこの時が初めてではない。
何度見てもかっこいいと思う。
そんな先生を間近で見て、ヤバいと思った時にはもう体が動いていて…
気付いた時にはカカシ先生の首に腕を回し、鼻と鼻が触れるか触れないかの距離まで先生を引き寄せていた。
(あの時は、自分でも吃驚したってば)
オレはその感触を思い起こすように自分の唇に手を当てた。
唇に感じる息遣い。
先生とあんなに近付いたのは初めてで。
そのまま柔らかい膨らみに触れることを期待してオレはそっと目を閉じた。
だけど、いくら待っても想像していた感触がない。
不安に思ってそっと目を開けると、体を起こした先生が、怒ったような、戸惑ったような、とても複雑そうな顔をしてオレを見下ろしていた。
その表情を見たオレは、サァーと血の気が引いた。
未遂とはいえ、自分の行動に激しく後悔した。
今ので曖昧だったものがはっきりしてしまったから―――
オレ達は体だけの関係、所謂セフレ。
お互い性の捌け口として体を重ねてきた。
だけど、オレはどこかで期待していたんだと思う。
先生がオレを受け入れてくれたのは、少しでもオレのことを好きだからなんじゃないかと。
―――期待なんかしたって、無駄だって分かってたじゃないか……!
オレは咄嗟に誤魔化すように悪戯っぽく笑うと、
『ニシシ、驚いてやんの!』
そう言って何とも思っていないように振る舞うのが精一杯だった。
カカシせんせー。
カカシ先生はさ、何でオレを抱くの?
キスをしてくれないのはオレのこと好きじゃないからなんだろ?
だったら、
だったら何で、オレのことを受け入れたの?
わかんないってば。
オレってば頭悪いから、いくら考えても先生が何を考えてるのかわかんない。
直接聞けばいいんだろうけど、そんな勇気、ないってば。
先生に嫌いって言われて、耐えられる自信なんてないんだ。
だから―――
「なんか、オレってばこんなキャラだっけ?」
ハハ、と乾いた笑みが漏れる。
抱いていた枕を放り投げると、仰向けになって腕で目を覆った。
「…どんなキャラなの?」
「!!!」
突然上から降ってきた声に吃驚して、勢いよく上半身を起こした。
窓の方に視線を送ると、そこにはさっき別れたはずのカカシ先生の姿があった。
「え……なんで…」
今日は来るって言ってなかったのにどうして…
唖然と見つめるオレに、カカシ先生は、あ―…、と言いにくそうに頭を掻いた。
「さっきさ、言い忘れたことがあって、な…」
歯切れの悪い言葉に何事かと息を呑む。
(まさか、別れよう、とかじゃないよな…?)
最悪の事態を想像し、一気に顔が青ざめていくのが分かった。
わなわな震えだした唇を牽制し、ゆっくりと口を開いた。
「な、何だってば?」
「夕方、行くから」
「………は?」
真剣な表情で見つめてくる先生に、訳が分からなくて、オレはポカンと口を開けた。
そんなオレに焦れたのか、先生は、あーもーと唸った。
「だから、お前の誕生日。夕方に行くから一緒に買い出しに行こうって言ってんの」
「……へ?」
「…何よ、その間抜けな表情」
キュッと眉間に皺を寄せた先生が、オレの顔を覗き込んだ。
言われたことの意味を中々理解できなくて、オレは微動だにせずぼんやりと見返す。
「ナルト…?聞いてんの?」
「……っ、お、おう!」
反射的にそう答えたが、頭が上手く回ってくれなくて、ただただ、カカシ先生を見つめた。
「オレの任務、昼過ぎに終わる予定なんだけど、お前は?」
「え……?」
「え、じゃなくて、10日の任務のこと言ってんの」
「っ、あ、えと、オレってば確かフリーだったような……」
「確かって、お前ねぇ…。予定ぐらいちゃんと把握しておきなさいよ」
「う、うん…」
未だ状況を理解しきれていないオレにそう説教すると、カカシ先生はくるりと背を向けた。
そのまま入ってきた窓の方へと向かう。
「…ぁ、せ、せんせー!」
オレは漸くハッとなって、帰ろうとする先生を慌てて呼び止めた。
その声に、先生は振り返らず足を止めた。
「だって、せんせー、外、会わないって…!」
言いたいことはたくさんあるのに、あまりに混乱して、口からは単語しか出てこない。
そんなオレに、先生は振り返らず、一瞬視線をこちらに寄越すと、すぐに窓へと戻した。
「じゃあね、ナルト。日が沈む前には迎えに行くから」
「ぁ……」
そう言って窓から消える先生を唖然と見送りながら、オレはカァーと自分の顔が赤くなるのを感じた。
(これってば、デートってヤツか…?)
熱を持つ両頬に手を添え、ギュッと目を瞑った。
誕生日だから、って分かっていても、弾む心は抑えられない。
今まで何処かに出かけるなんてなかったから…
例えそれがただの買い物だとしても、プライベートで先生と二人きりで出かけられると思うと、それだけで心臓がドクドクと高鳴った。
予想外の出来事に、オレは落ち着こうと、自分の胸元をギュッと掴んだ。
「カカシ先生と、買い物……」
噛み締める様に、一文字一文字ゆっくりと音に出した。
声に出すと、何だか今更ながら照れくさくなって、オレはボスっとベッドに倒れ込んだ。
「嬉しい……、ってば」
嬉しいはずなのに、何故か目頭が熱くなってくる。
そのうちに、ツーと冷たいものが頬を流れ落ちた。
それに気付かないフリをしてゆっくり瞬きをすると、オレは寝返りを打ちカレンダーを見上げた。
「10日……、オレの誕生日……」
セックス以外の初めての約束―――
この時オレは、今までのことなんかすっかり忘れていて、ただただカカシ先生からの誘いに浮かれていた。
―約束― END