原作長編

□見えない涙 ―カカシ―
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『なあ、カカシせんせー…、ちょっと話があんだけど…』


任務終わり、やたら真剣な面持ちで呼び止められ、だが俺は特に何も思うことはなく、可愛い部下に二つ返事で了承した。
ただ、少しだけ震えて見えた指先が気掛かりだったが。
ナルトにしては珍しく緊張が見え隠れしていたことに気付いておきながら、敢えてスルーしてしまった自分に、後になって後悔した。


『オレ、カカシ先生が好きなんだ。…だから、オレと付き合ってくれってば』


言われた言葉を上手く消化出来なくて、そのまま不安そうに見上げてくるナルトを凝視する。
ただただ、その先生譲りの綺麗な青色を見つめていると、暫くして急に言われた言葉がストンと落ちてきた。


ナルトは俺が好き…

だから付き合って欲しい


脳で理解して、心で受け止める。
衝撃はあったが、嫌ではなかった。

だが、だからと言ってどうこうなるわけではない。

確かに俺はナルトが好きだが、“そういった意味”ではない。

“仲間として”好きなだけだ。



以前からナルトに好かれているという自負はあった。
一楽に誘えば必ずついてくるし、褒めてやれば至極嬉しそうに笑い、頭を撫でてやれば少し照れくさそうに目を細める。
元々感情に素直な子だったから、俺は少なからず好かれていたし、下手したら同期の連中よりも心を許されていたのかもしれないと思うこともあった。

だが、まさかそういう、恋愛対象としてだと、誰が思う…?

そもそも、果たしてこれは本当に愛だの恋だのと言ったものなのだろうか?
単なるナルトの勘違いではないのだろうか?
憧れを恋と勘違いする、なんて今時少女漫画にも出てきそうにない程ベタなことだが、しかし、本人には失礼極まりないが、ナルトになら有り得ることだ。


『……あの、せんせ…?』


急に黙り込んだことで不安に思ったのだろう、此方を窺うように声が掛けられた。
少し低いところから懸命に見上げてくる気配に、外していた目線を戻した。


『…俺、ナルトのことは恋愛対象として見れないよ』

『……っ』


途端、ナルトが息を呑んだのが分かった。

ただ、俺は事実をストレートに口にしただけ。
ナルトは断られると思っていなかったのだろうか?
それとも、真剣な返答が返って来た事に対する動揺なのか。
どちらとも取れるし、どちらでもないのかもしれない。
真意を測りきれないのは、何しろこいつが意外性NO.1のドタバタ忍者であるから。
何を考えているのか、どんな行動に出るのか、すべてにおいて、ナルトを理解するのは難しい。

この告白だって、本気なのか勘違いなのか、もしかしたら質の悪い悪戯ということも有り得る。


そこまで考えて、ふと視線を下ろすと、体の側面にあった拳に力が込められ小刻みに震えているのが目に見えた。


それは、まるで、俺の言葉に耐える様に………


そこには悪戯っ子のナルトも、普段擦り寄って来る可愛い部下としてのナルトも存在しなかった。

ただ、俺に恋して告白してきた数多くの女と同じ表情で立ち竦む一人の男がいた。



だからかもしれない。



『“セフレ”だったらいいけど?』



気付いた時にはそう口にしていた。



『……は?』


予想外だったのだろう、ナルトは何を言われたのか理解できないとばかりに、ぽかんと俺を見つめた。

だが、その言葉に驚いたのはなにもナルトだけではない。
表情には出さなかったものの、俺は自分で言ったことに唖然とした。


『せ…んせ、今、なんて……?』


分からない、と聞き返してきた少し震えた声。


(俺だって、なんでこんなこと言ったのか分からないんだけど…)


好きだと告白して、恋愛対象には見れないと断られ、でも体だけの関係ならいいよ、なんて、これこそ何処の昼ドラだ?


(…本の読み過ぎか?)


自分の口から出た思ってもない言葉に、内心動揺が隠せない。
言った俺だって吃驚している位だから、ナルトにはもっと衝撃的だっただろう。
その証拠に、絞り出された声は、意味を理解したくないとでも言いたそうな響きが含まれていて、だが、俺はそのことに少しホッとした。


『だから、体だけでいいなら付き合ってあげるって言ったの』

『え……』


こんな申し出、承諾する筈がない。


尚も困惑の表情を浮かべるナルトに、俺は追い打ちをかける様にどうするの?と目線を投げかけた。
途端、やっと言葉の意味を理解したのだろう、ナルトは大きく目を見開くと、見る見る眉を寄せくしゃりと表情を歪めた。


(……答えは、ノー、だね…)


そう確信して、息を吐き出す。

勢いなのか何なのか、自らとんでもない提案をしてしまったが、まさかナルトに限ってこんなことを了承する訳がない。
そもそも、俺は男を抱く趣味なんてこれっぽっちもないし、それは、ナルトにとっても同じだろう。
それに、ナルトとなんて、想像出来るだろうか?
申し訳ないが、正直勃つ自信がない。
確かに過去の任務で男を抱いたことはあった。
だがそれは飽く迄任務であり、そこに俺の意思は全くない訳であって、部下の、しかも色気の欠片もない14も年の離れた男に手を出すなんて、どう考えたって無理がある。


『…ねえ、ナル…』

『…分かったってば』

『え……?』


言葉を遮り、ナルトの口から出された答えに、今度は俺が唖然とした。
動揺を何とか隠し、いつもの飄々とした態度でナルトを見返したが、心の中は穏やかではなかった。


(うそ…でしょ…?)


ナルトに限って、そんなことはないと思っていた。

だって、こいつにそんなこと出来る筈がない。

あのいつも真っ直ぐ前を見据える強い視線が揺らめいて僅かに湿っているのを見つめながら、俺は知らない内に拳を握り締めていた。


『意味、分かってる?』

『…分かってるってば』

『……そう』


何かに耐える様にナルトがギュッと唇を噛み締める。
ナルトは、ちゃんと意味を理解した上で、俺の提案に了承したのだ。


その瞬間、俺の中に言いようのない感情が湧き上がってきた。


ショックだった。

あのナルトが“セフレ”という関係をこうも簡単に受け入れたことに。
もっと抵抗があると思っていた。
寧ろ、そんなことを提案した俺を軽蔑するくらい普通だと思っていた。

なのに、実際はどうだ?
驚きはしたものの、すんなり受け入れたのだ。

そのことに無性に腹が立ち、俺は立ち竦むナルトの腕を取ると、慌てるナルトを無視してナルトのアパートへと向かった。


『カ、カカシせんせー…?』

『何…?』


着くなりベッドへと投げ飛ばし、衝撃に息を詰めたナルトの上に覆いかぶさり不安に揺れる空色を見下ろした。


『な、何す…』

『セックスだよ』

『え…』


俺の言葉にブルリと身を震わせ信じられないとでも言いたそうな瞳を向ける。


『今更そんな顔したって、遅いよ』

『あ…!ま、待って!』


必死に押し退けようと抵抗する体を押さえつけ、急所を膝で刺激する。


『ぐっ…!』

『セフレになるって言ったのはお前でしょ?それともやめる?』


最後の警告だった。
先程の回答は間違えだったと、そう言って俺を突き放せばいい。
そうすれば、なかったことにしてやれる。




今なら、まだ―――





『やめない…』


ナルトは顔を歪めただけで、俺の意とは反対に、抵抗をやめそれまで突っ撥ねていた腕を俺の背に回してきた。


スッと、何かが冷めていく。

俺の中の何かが崩れた様な感覚。


そこからはただ、ナルトを抱いた。
正確には、犯した、と表現した方が正しいのかもしれない。
愛撫もそこそこに、体を繋げ、途中、痛いやめてと何度も言われたが、すべて力で封じてひたすら行為に没頭した。
初めての行為だっただろうに、可哀想だなと、ぐったりと四肢を投げ出すナルトを見つめながら、どこか他人事のようにそう思った。

ただ、それだけだった。

罪悪感も後ろめたさも同情もない。

自分はこれ程淡白で薄情な人間だったのか。
他人事のようにそう思いさえした。





心の奥底に沸いていた感情に気付かずに…





それから、暇さえあればナルトの所へ赴き、セフレとして体を繋げてきた。
優しさなんてこれっぽっちもない、ただ、俺が欲望を吐き出すだけの行為。
肌が触れ合うなんてこともなく、俺もナルトも衣服はほとんど乱さない。
毎回、ナルトは俺が与える痛みに顔を歪め、否定の声を上げる。


なら、いっそのこと、この関係を終わらせてしまえばいいのに。


いくら痛みを与えても、手酷く抱いても、ナルトはこの関係をやめようとは言わなかった。

俺は、またそのことに絶望しながらも、頻繁にナルトの所へ通った。


自分でも訳が分からなかった。
どうしてこうもナルトに執着するのか。
嫌なら俺から断ればいい。
こんな関係、不毛だと、男なんか抱きたくないと、突き放せばいい。

だが、何故かそれが出来ず、ズルズルと続いていく。

ちんちくりんで、男で、色気の欠片さえない餓鬼。
到底勃ちはしないと踏んでいたのにも拘らず、そんなナルトに欲情する自分。
何故かと疑問に思っても、深くは考えず、欲求不満だと自然現象で片付ける。

そうしていつもの日常が過ぎていく。
こんな関係でももちろん任務は普通にあり、俺達の変化を知らない周りの目には、いつも通りに仲の良い師弟として映る。

常に見える笑顔は俺のよく知るナルト。
まだ下忍になりたての頃から見てきた眩しすぎる程の笑顔。
そんなキラキラと輝くアイツが夜な夜な俺の下で操を起てているかと思うと、俺はいつしかそれを直視出来なくなっていた。


教え子でも部下でも仲間でもあるナルトと、セフレであるナルト。

どちらも同じナルトなのに、何故か無性に苛立って、

そして、そんな自分にも苛立ちを覚え始めていた。





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