原作長編

□見えない涙 ―カカシ―
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『カカシせんせー!誕生日おめでと!』


そんなときに迎えた誕生日。


『それ、パックンにそっくりだろ?』


ナルトからのプレゼント。
俺の誕生日を知らなかったナルトに少しイラつき、だが、プレゼントを貰ったことに嬉しいと思う心。
それは今までささくれ立っていた俺の心に確かに温かい温もりをくれた。
何故だろう、この苛立ちの意味も、自分の心も、なんだか少し分かりそうな気さえしてきた。





そんな、イライラがモヤモヤに変わって一カ月弱。
もうすぐ、ナルトの誕生日がやってくる頃。


『………え?誕生日?』

『そう』


あの日、任務終わりにナルトを呼び止め、何か欲しいものはないかと尋ねてみた。
俺にはナルトの欲しいものなんて分からなかったから。

でも、どうせなら喜んでもらいたい…。

ふと頭に浮かんだ考えに、何とも部下思いな上司なんだろうかと苦笑する。
サプライズ、なんて甘ったるい関係ではないから、普通に聞いたんだけど、何故だかナルトはすぐに理解出来なかったみたいで、間抜けな表情で見上げてきた。


『……誰の?』

『お前の』


もうすぐだろ、と呆れて見下ろすと、やっと今日が10月7日であることを思い出したのだろう、あ!と小さく声を上げた。


『俺の誕生日、祝ってもらったからな。一応お返し。何か欲しいものあるか?』

『誕生日プレゼント……』

『そう』


ポツリと零れた言葉に頷いた。
そんなに真剣に何を悩んでいるのか、急に黙って考え込むナルトにフッと頬を緩ませると、答えが決まったのか、ナルトがスッと顔を上げた。


『…なんでもいいんだってばね?』

『ああ』

『物じゃなくても…?』

『……え?』


ナルトの強い視線が射抜く。
澄みきった青が、その奥でキラキラと音を立てて揺らめいている。
その途端、俺はあの日を思い起こした。


ナルトが俺に告白をしてきた日。

あの時の雰囲気に似ている。



そして、もう一つ…



『ニシシ、驚いてやんの!』


あの時のナルトが目の前にいた。


思い出すのは、目の前に迫る青。
何処か嬉しそうに、目元を赤くし涙を滲ませうっとりと目を細めた見慣れたはずの顔。
だけど、初めて見るかのようなその表情に、俺は慌てて身を引いた。

何度も何度もナルトを抱いてきて、
だけど一つだけ、していないことがあった。


“キス”


どうしてかと聞かれれば、答えは“何となく”だ。
そもそもキスなんて恋人同士の行為であって、俺達の様にただ欲を吐き出すだけの関係には不必要なもの。

今までそう思っていた。
だからあの時、ナルトにキスされる寸前で拒絶をした。

俺達は所詮セフレ。
ナルトは別としても、俺にそんな意思はない。


俺は、ナルトが“好き”な訳じゃない。


拒まれたことに落胆するのを、気付かないフリをすることで応えた。


だが、今、再びその瞳に見つめられ、俺の中でその本当の答えが明確になる。


あの時の拒絶は、そんな理由じゃない。
逃げたんだ、と。

キスをしてしまえば嫌でも気付かされてしまう、否定したくてもしきれないこの思いから目を逸らすための自己防衛だったのだと。



―――俺はきっとナルトのことが好きなんだ。



気付いたと同時に、今まで心の中を占めていたモヤモヤとしたものがスッとなくなっていくのを感じた。



―――俺は、ナルトが好きだ。



その思いは確信に変わり、だが、同時にどうしていいのか分からなくなった。

それこそ、今更だ。
俺は、既にナルトの思いを踏みにじってしまった。
気持ちは否定して体だけなんて、最低にも程がある。
ほんと、今更好きだと分かったところで、どうなるというのだろう?


自分でも自覚のある複雑な表情をした俺に、目の前のナルトがピクリと肩を揺らすのが見えた。


改めて見つめると、眩しすぎる黄色が脳を刺激する。
闇で生きてきた俺には到底放つことの出来ない光。
それを放つナルトは、こんなにも真っ直ぐに俺を見ていたのに、俺はそれをただ頭ごなしに否定し続けてきた。

なら、今、自分の気持ちに気付いた今なら。
素直にお前に打ち明けたら、お前は再び太陽の様な笑みを俺に与えてくれるだろうか?


『ナルト、それってもしかして…』


キスをしてほしい。


そう言われたら頷いてやるつもりだった。
誕生日を口実に、俺の気持ちを少しでも伝えられればいいと思った。

だが、期待と不安を混じえて発した声は、突然のナルトの声に遮られる。


『飯!』

『………は?』


ギュッと拳を握り締めたナルトが紡いだ言葉は、俺の予想を大きく外し、他愛もないそんな要求だった。

夕食を共にする。

そう望んだナルトに、少なくとも、俺は胸を締め付けられた。

生まれた時からその身に九尾の妖狐を封印され、無償の愛情を受けるはずだった赤子は両親の死と共に憎しみを向けられ、
里人から煙たがられ、だが、その生まれ持った明るさから道を外すことなく真っ直ぐに育ってくれたナルト。


―――夕飯を作ってくれ…、か。


誰もが当たり前の様に注がれた母親からの愛情を知らない、
だけど一生懸命に前を向いて生きようとするこの子が、たまらなく愛おしく感じる。


どうせなら、もっと望めばいいのに。
キスくらい、してやるのに。


痛む心を隠しいつもの自分を装うと、俺は10日の約束をして足早にナルトの家を後にした。
あのまま長居出来る程、俺の心は強くないから…

見上げた空には、銀色の月が静かに、だが確かな輝きを放っている。


ふと、先程のナルトの様子を思い出す。


何か違和感はなかっただろうか…

そう、何かが可笑しかったはずだ。


―――そうだ、言葉が詰まったんだ。


買い物をしてから行くと言ったとき、返事までに微妙な間が出来た。
それは野菜が嫌だったからだと解釈して特に気にしなかったが、もしかしたら…


『一緒に、買い物がしたいのか…?』


呟いたと同時に俺は来た道を引き返していた。

戻ってきた俺に吃驚したのか、ナルトは目を大きく見開いて、
その内容に更に目を大きく見開き、顔全体で驚きを表現しているみたいだった。


『…何よ、その間抜けな表情』


もしかしたら違ったのかもしれない。
少し不安に思って固まっているナルトの顔を覗き込んだ。


『ナルト…?聞いてんの?』

『……っ、お、おう!』


息遣いから、動揺が伝わる。


『俺の任務、昼過ぎに終わる予定なんだけど、お前は?』

『え……?』

『え、じゃなくて、10日の任務のこと言ってんの』

『っ、あ、えと、オレってば確かフリーだったような……』


曖昧な答えにやれやれと溜息を吐く。
未だ唖然としているナルトに少し焦れながらも、今の内にと、勝手に約束を取り付けると、立ち去ろうと窓の方へ足を向けた。


『…ぁ、せ、せんせー!』


この時になってやっと状況を理解したのだろう、慌てた様子のナルトが背中から声を掛けてきた。


『だって、せんせー、外、会わないって…!』


途切れ途切れになったたどたどしい言葉に、俺はこっそり口端を上げた。


『じゃあね、ナルト。日が沈む前には迎えに行くから』

『ぁ……』


窓から出ていく俺を尚も唖然と見つめるのが背中越しに伝わる。
俺だけに向けられるその視線が、不思議と俺の心を温かくした。




柄にもなく、俺は10日が楽しみだったのだと思う。
自分の気持ちを自覚して、まだ戸惑いもあったが、それでもナルトの誕生日はちゃんと祝ってやりたいと、少し意気込んでいた。


それに、


この日は優しく抱いてやろう。


俺は心にそう決めていた。


今まで、痛みしか与えてこず、淡々とした行為で、ただ欲を吐き出すだけの交わり。
それに疑問を感じなかったし、そもそも、快楽を与えてやる必要もないと、我ながら酷いことを考えていた。
いつも痛みに耐える様に固く強張る体を無理やり開き、押さえ付け、何も言わないことをいいことにそれを繰り返す。
例え手酷く抱かれても、ナルトは文句を言わず、笑顔を俺に向けた。


“好きだからどんなに痛くても耐えられる”


自惚れなんかじゃない。
確かに、歪んだナルトの瞳はそう訴えかけていた。



それに応えてやりたい―――






俺の中に確かなものが芽生えていた。





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