原作長編
□見えない涙 ―門出―
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久しぶりの深い眠り―――
心地よい温かさに包まれながら、全身からトクトクと伝わってくる鼓動に、今までにない程の安らぎを感じる。
寝ぼけた頭で、その温もりに無意識に擦り寄っては、優しく包み込まれ引き寄せられた。
「…ナルト」
聞きなれた、だけどいつもより少し低めの声が、自分の名前を呼ぶ。
「…ん、…か…しせ…」
それに応えようと愛しい人の名前を口にするが、半分以上が空気となって抜けてしまう。
すると、どこか嬉しそうな、そんな苦笑が頭の上から降ってきた。
「ナールト」
「……んぅ?」
ポンポンと優しく背中を叩く手が、覚醒を促す。
それに逆らうことなくゆっくりと瞼を持ち上げれば、目の前には―――
「……か…かし、せんせ…?」
「おはよ」
ニッコリと微笑んだ愛しい人。
そこには、求めて、求めて已まなかった笑顔があった。
『見えない涙 ―門出―』
泣き疲れて気絶するように眠りに落ちたオレが次に目覚めたのは、もう日が沈む頃。
カカシ先生の家を訪れたのは午前中だった筈だから、最低でも5時間以上は眠っていたことになる。
決して長いとは言えない時間だが、それでも今までのモヤモヤとした感覚がまるで嘘のように、頭の中がすっきりしていて…、いや、寧ろそれを通り越してぼーっとしてしまうくらいだ。
「大丈夫?熱くない?」
「…平気だってば」
手の中のマグカップの中身を見つめながらそう答えた。
「そう、よかった」
優しい声が斜め上から降ってくるのを、まだあまり活動していない頭でぼんやり受け止める。
オレはカカシ先生の想いを知った。
オレも、先生に想いをぶつけた。
分かっているけど、どこか現実味を帯びていないのは、きっと、まだ信じられないからなのかもしれない。
カカシ先生の言葉が、じゃない。
先生の気持ちは十分伝わったし、オレはそれを信じてる。
ただ―――
これが現実なのか…
都合のいい夢かもしれない、なんて、少しだけ逃げ道を探している自分がいるのだ。
それでも確かに手から伝わってくるこの暖かさは、これが夢なんかじゃないと物語っている。
「少し甘かった?」
「ううん、ちょうどいいってばよ」
泣いて寝たせいですぐに覚醒できなかったオレの為に、カカシ先生が作ってくれたココア。
苦くもなく、甘過ぎもせず、口内を刺激しない程度の温かさが、じんわりと体に染み渡っていく。
「…ありがと」
「いいえ、どういたしまして」
視線を合わせないまま飲み終えたコップを渡すと、くしゃりと頭を撫でられた。
「なっ!に……」
「やっとこっち向いた」
反射的に見上げた先…
カカシ先生が少し困ったような顔でオレを見ていた。
「ねえ、ナルト」
「な…んだってば…?」
「俺は、ちゃんとお前のこと好きだから、さ」
そんなに不安そうな顔しないで、と手を伸ばしてきた先生に、ビクリと体が震えた。
「夢なんかじゃないよ。現に俺、ここにいるじゃない?」
おいで、と差し伸べられた腕を取ると、強い力で引き寄せられ、抱き締められる。
「こうして、お前が起きるまで一緒にいるのって、初めてだね」
朝じゃなくて夕方だけど、と少しおかしそうに笑って、先生の手が背中に回ってきて…
オレも返すように腕を回した。
「そ…だってばね」
「短い間だけど、良く寝れた?」
「…おう」
トクトク伝わる鼓動に体を預ける。
ずっと欲しかった温もりがここにある―――
苦しかった日々が嘘のように、穏やかな気持ちで満たされていく…
「…ナルト」
「…カカシ、せんせー」
抱き締めあって、名前を呼んで。
とても初々しいそれに、二人してクスクス笑った。
その後、結局オレはカカシ先生の家に泊まることになった。
もう日が暮れていたし、何より先生が…
『夕飯作ってやるって約束だったもんな』
そう言って、買い出しに出かけようとオレの手を掴んだから。
『買い物デート、付き合ってもらえませんか?』
ちょっと控えめにそう申し出た先生に、断る理由なんてなく。
『よろしくお願いしますってばよ』
ペコリと頭を下げた。
木の葉の商店街での初デート。
デートなんて言っても中身はただのお買い物。
しかも夕飯の買い出し、という色気の欠片もないものだけど、こうして、カカシ先生と二人っきりで出かけるのは本当に初めてで、変に緊張している自分がいる。
「何食べたい?」
「…お任せします」
「………」
ついつい棒読みになってしまったオレに言葉を無くした先生。
ハッとなって顔を見上げると、困ったように眉を寄せている。
「なーに緊張してるの?」
「べ、別にそんなんじゃねーってばよ」
慌てて繕ったけど、カカシ先生にはただ肯定している様にしか聞こえないと思う。
可笑しそうに微笑んだのがその証拠。
「お前、そんなキャラだっけ?」
「うっせー…」
「はいはい」
今度は声を出して笑い始めたカカシ先生をキッと睨み付けた。
「何がおかしいんだってばよ」
「いや、なんか、ほんと、可愛いなって」
「なっ、か、かわ…っ!?」
「ほら、行くぞ」
「ぅわっ…!」
笑い過ぎたのか、少し頬を赤くしたカカシ先生にいきなり手を取られ、店の中に連行された。
グイグイ引っ張られて連れてこられたのは野菜コーナーの前。
うげっ、と思わず声を上げたオレは、無意識に捕まれていた手を握り返した。
「っ…!」
そこで、初めてカカシ先生と手を繋いでいたことを認識した。
瞬間に頬が熱くなる。
頬だけじゃない。
繋いだ掌も熱くなって、少し震えた。
「好き嫌いは良くないよ?」
「そ…じゃなくて、せんせぇ、手…!」
「ん…?」
「誰かに見られたら…」
「ナルト」
慌てて周りを見渡すオレの言葉を遮るように、少し強めの声が名前を呼んだ。
「俺、周りに隠すつもり、ないから」
「え……」
「だからさ、我慢しないで素直に甘えなさいよ」
握った手にギュッと力が籠められる。
「せんせー…」
「今までとは違う、これからはちゃんと“付き合う”んだからさ」
ニコリと微笑まれ、目の前が歪んだ。
思わず零れそうになった涙を必死に食い止めると、同じようにその手を握り返した。
「…カカシせんせー」
「なに?」
「オレってば、ハンバーグ食べたい」
「了解」
手から伝わる鼓動が少し早く感じたのは、きっと気のせいなんかじゃない。
オレは、手の中にある確かな温もりを感じながら、そっと微笑んだ。
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