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□砂上の足場
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人は何故、海が見たくなるのでしょうか?

それは、きっと母なる羊水を思い出すとか、出さないとかじゃなく

「バカンスだぁー!!」

貴重な夏休みだからである。

だが、しかし

「夜中に叫ぶな、近所迷惑だ」

「なら、朝に俺を起こせよ。これだと、意味ねぇじゃん」

いつもの如く、目覚まし時計が役に立たず、海を見る約束が夜に果たされる。

それを欠伸混じりに、此処まで運転していたトリがぼやく。

「逆にお前が、俺を起こせ。前日も、12時間グースカピーピー寝てた癖に」

「しょうがないだろ。その前まで、修羅場だったんだから」

「ほぅ?その原稿を貰った後が、修羅場な俺を敵に回すのか?」

グッと次の言葉を飲み込めば、鼻であしらわれ、悪かったすいませんと謝ってみる。

「だけど、朝にキスしても、起きなかったのは、トリだよ」

「・・・は?ち、ちょっと待て、吉野!」

そして、トリの返事を待たずに、波打際まで全力疾走。

動悸息切れなんて当たり前の身体で、暗い海へと突進した。

『起〜き〜ろ〜ト〜リ〜!』

『・・・。・・・』

『・・・眉間に、皴を寄せるなっての』

指先で直した皴に、軽く唇を当てる。

その後、自分の手の平で隠して、真っ赤な顔で俺はバカかと呟いた。

「吉野!」

「う、わっとと、とぉー!!」

脆い砂浜で足元が崩れ、倒れる先は羊水ではなく、温かい腕の中。

「・・・したのか?俺に、キス」

「・・・。知らない」

「本当に?」

目の前には、月を背にした男。

脆い砂上が足場なのを理由にして、少しだけ身を寄せる。

それに気付いたトリが低く笑い、どこにしたと俺に聞く。

「言わない」

「じゃあ、ここか?」

濡れた吐息が唇に掛かり、否定も肯定もせず交わしたキスに

もう一度とだけ、囁いた。


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