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□溢れいく感情を止めるすべを持たない自分に、昔の自分を馬鹿だと罵る権利は無く。
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いつも部屋の端にある窓際に座り、髪を風に弄ばせながら本のページを捲る。

その姿を瞳に写り込ませて、ただ静かに彼が読んだ本を、後を追うように読む日々を過ごしていた。

『すきです』

彼に告白をした。あの日までは。



溢れいく感情を止めるすべを持たない自分に、昔の自分を馬鹿だと罵る権利は無く。



世の中が浮き足立つ日は、1年の内に何回かはある。

その中の一つである、クリスマスの前夜。

ウキウキと目の前を歩く他人達を見ると、辟易してしまう自分がいる。

いや、やさぐれると言った方が正解かも知れない。

何せ、ようやく遅れていた原稿を受け取れ、最終チェックを終え、印刷所に頭を下げて回し、ようやく仕事を終えた所だ。

街を着飾るイルミネーションに感動する前に、疲れたベッドにダイブしたいが思考的に先行される。

(うぅ……。夕飯に惣菜を買うにも、ローストチキンとかしか無いんだろうな……。いつも買う梅シソが入ったチキン、無いよな……。寧ろ、あったら、ビックリだ)

そんな風に一人ツッコミしながら、重たい足を引きずり、帰社の道を辿り、そうなったら何を夕飯にしようと考える。

外食する気力も、もはや皆無に等しい。何故なら、前夜とは言えクリスマスだからだ。

人が多いのは確実で、独り身で並んでいる間、カップル総出で嫌がらせされる位なら、大人しく家でぼっちになりたい。

「……で、いいよな……」

最終決定した筈の、今日の予定。

一人でご飯を食べて、自分のベッドで寝て、朝を迎える。

珍しく、高野さんが自分に何も言って来ない時点で、何をするにしても、何も出来ないのだから。

(けど、お誕生日おめでとうございますって、言った方がいいのかな。でも、そうなれば、誕生日だから奢れってなるよな……)

そうなってもいいように、財布には万札を用意はしている。

しているが、相手からアクションを起こされない限り、何かをして空回りしたら恥どころの騒ぎではない。

悶々と悩みながら歩いていると、不意に自分の携帯が鳴り響き、慌てて電話を受け取る。

第一声は一言。

『今、何処だ?』

聞き慣れた声が耳の奥を震わせ、今はと辺りを見回しながら現在地を相手に教える。

返答も一言。待っていろとの事。

「えっ?いや、帰社している所なので……」

こちらに来なくていいのではと告げれば、馬鹿かお前と言われる。

『今日の仕事は終わっただろ?』

「まぁ、終わりましたが」

『なら、直帰しろ。ついでに言えば、飯を食いに行くぞ。付き合え』

上から目線の言い分を耳にしながら、浮き足立つ他人を横目にする。

(ああ、十二分に自分も浮き足立ってたな……)

「分かりましたよ、高野さん」

彼の一言で予定を組み直し、今から訪れる時間に胸を熱くさせる。

まるで、子供みたいに。

「待ってます」

素直に彼へと言えば、通話が切れた携帯をポケットに仕舞う。

数十分後に、人混みの合間に彼の姿が見えたのなら、悪態はそこそこにして、こう言おうか。

自分の想いが一方通行だと思っていた過去を胸に抱きつつ、もう一度再会できた彼に、笑顔で。

「お誕生日おめでとうございます。高野さん」

あの時と同じく、告げた途端に気付く。

祝いの言葉を言える立ち位置を、自分は欲しいのだ。

「サンキュ。……じゃあ、行くか。お前、何が食いたい?」

「ローストチキン以外なら、何でもいいです」

「それ、幅広いな」

だから、微かに笑う彼の姿は昔から変わらず、それに惹かれる自分は昔から馬鹿なのだろう。

それを良しと思えるのは、もう少し時間を要してしまうのだが、今日だけは特別にしようと、懐かしい横顔を見詰めながら、そう思っていた。



happy birthday.

あなたがこの世に生まれなければ、全て意味が無いのだけれど。

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