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□敵わない人
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甘い匂いがオーブンから漂い始め、今回は上手くいったのかと、内心でドキドキしながら焼き上がりを待つ。
自宅にあるオーブンが、久方振りの仕事をしているのには訳がある。
今回は日和のお願いから、話は始まる。

『ケーキを手作りしたいの』

桐嶋さん曰く、彼女の母親が誕生日にケーキを手作りして、日和の祖母に渡していたらしい。
なので、今回の誕生日には日和がケーキを作り、渡したいのだと。
1回目のケーキは、無難と言えば無難な出来上りで、桐嶋さんには不評であった。
そこで、頼ったのは、高野の部署に居る羽鳥である。
彼は料理スキルが高く、時々料理本を借りる関係になっていた。
だから、会社で出会った瞬間、思わず尋ねてしまう。

『お前、ケーキは作れるか?』

エレベータの中。怪訝な顔をせず、はい作れますと言ったのは、料理スキルがバカ高い男。

『ケーキを頼まれてホットケーキを作ったら、物凄くバカにされたので、腹が立つから生クリームをたっぷり使ったホールケーキを食わせました』
『……すごいな』
『躾は大事ですよ。作って貰っておいて、ホットケーキはケーキじゃないとか、もっと糖分寄越せとかのたまうのがいけない』

ふぅと溜息混じりに言い、それで?と本題に戻す羽鳥。
それに軽く説明すれば、簡単なレシピが乗っているサイトを教えて貰い、今に至る。
そもそもホールケーキを作る為に必要なのは、手間暇より、お金だと思う。
ただ、何回やっても膨らまない生地に、若干イラつきながら根性を込めて泡だて器をフル活用した後、電動泡だて器の存在を知り買いに走ったり、一から作るよりも玉子と牛乳を混ぜるだけのケーキミックスを手にしたり、果物をシロップ付けする前に、缶詰に世話になったりと、手間を省いた結果は

『それって、手作りなのか?』

余計な一言で崩壊する。

(あの野郎。作るのはひよなのに、面倒な事を言いやがって……)

確かにひよは、手作りしたいと言った。
けれど、低学年の小学生が手作りするには、ハードルが高い代物である。
混ぜて焼いて終わりなクッキー類と違い、デコレーションも含まれるケーキは、面倒の一言に限る菓子に値する。
それを教えて作ると言うスキルが低い為、思わず生地を混ぜる手に自分の手を出せば、ションボリとしたひよが出来上がる訳で。

「一人で作りたいのは、解らなくも無いんだがな……」

焼き上がった音を鳴らすオーブンを見詰め、彼女の気持ちを考えながら、扉を開ける。
解りやすい説明をしてあげる為に、何度か試した生地は、良い色に焼かれ、萎まずに膨らんでいた。
デコレーションは、生クリームたっぷりの苺のケーキ。
あ、でもキウイや桃も入れたいと話すひよを想い浮かべ、少しだけ苦笑した。

(結局、桐嶋さんには敵わない訳か)

つまりは、手間暇と称して、愛情を入れたいのだ。

生地を冷ましてから横半分に切り、中に生クリームと果物を乗せ、上にも生クリームを塗りたくり、色々な果物を乗せた後、一人では食べ切れないのだと言い訳を考えて、買っていた白い箱に詰め込む。
まだ少し不格好なケーキを片手に彼の家に訪れ、彼女にはこう言おう。
今度は愛情たっぷりのケーキを、作ろうかと。
すると、嬉しそうな顔でひよが頷くので、ますます桐嶋さんには敵わないのだと思い知るのだろう。

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