「うぅ〜……」
授業が終わり、生徒達が続々と教室を去って行く中、机に突っ伏して小さく唸り声を上げるアイツ。
隣にはナナセが居て、少しだけ困った様に笑い「ランカさん…」と呟きながらアイツの肩をポンと叩いた。
その直前までナナセと普通に会話していたから、体調が悪いとか、そういう訳では無さそうだ。
その会話の内容こそ聞こえなかったが、少しだけ悲しそうな顔をしたり、かと思えば髪の毛を宙に浮かばせて照れたり。
一人で百面相をする様にコロコロと表情を変えるのは、何時もの事だが……
「ランカ、帰るぞ?」
「ひゃうっ!?」
「うおっ!?」
脅かさない様に優しく肩に手を置きながら声をかけたが、当の本人は過剰な迄の反応を示し、バッと椅子から立ち上がった。
「あ……悪い、そんな驚くとは……」
「うっ、ううん!こっちこそ驚かせちゃってごめんね?」
宛もなく宙をさ迷う俺の手とは正反対に、照れ笑いしながら自分の頭に手を置くランカ。
一体どうしたと言うんだろうか。俺、何かしたか……?
「ぁ、あのね、アルトくん。今日、これからナナちゃんとお買い物に行くから……」
「え……そうなのか?」
眉を八の字に下げて謝ってくるランカからナナセに視線を移す。
「はい。いつもの早乙女君のポジション、今日は私が独占させてもらいますね?」
嬉しそうに笑いながら、ランカと手を繋ぐナナセ。
お互いに何故か頬を若干染めながら俺を見てくるもんだから、何だか此方が悪い気分になってくる。
所謂恋人同士の俺とランカだから、『独占』という表現はあながち間違っていないとは思うが、普段の俺のポジションが今のナナセと同じだと客観的に見ると、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「……わかった。俺は帰るから、二人とも気を付けてな?」
「うんっ、ありがとう!」
最近ランカと居る時間も多かったし、女の子同士のプライベートな時間も必要だろう。
恥ずかしさと少しだけの嫉妬を悟られない様に、余裕を持った表情で声をかけ、二人を見送った。
「……フラれちまったな?姫。何なら俺が手を繋いでやろうか?」
「……馬鹿か。お前は」
今日は大人しく帰ろう。
何時も温もりを感じる左手はズボンのポケットに入れて、ゆっくりと家路を辿った。
それから一週間程経ち、お互いの休暇が見事に重なった事もあって、二人で外出、もといデートをする事になった。
学校も仕事も休み。何処に出掛けても人混みは回避できそうに無いが、何よりランカと一緒に居られるという事実が純粋に嬉しかった。
『あのね、ナナちゃんからすっごく美味しいパフェのお店教えてもらったの!そこに行こうよ!あっ、でもつい最近オープンしたCDショップはそこから遠いし……』
その前日の夜、ランカと電話で何処に行くかを話し合った。
ショッピングモール、映画館、遊園地、スイーツショップ、何故かSMS……
どうやらランカは行きたい所が有り過ぎるらしく、電話越しにずっと悩んでいた。
それ程迄に明日のデートを楽しみにしてくれているのだと思うと、自分でも口元が緩んでいるのが解ってしまう。
結局、ゼントラーディのショッピングモールとナナセが教えてくれたスイーツショップ、そしてお決まりのグリフィスパークにプランが決まった。
「じゃあ、また明日な。遅刻するなよ?」
「しっ、しないよっ!お昼からなんだし、大丈夫。じゃあ、おやすみ!アルトくん」
「あぁ、おやすみ」
ここ最近お互いに忙しかった事もあり、疲れを取る意味で昼近くまでゆっくり寝て、待ち合わせは午後一時からと決め、眠りに着いた。
「…少し早かったか……」
そして今日。約束の時間より15分程早く着いた俺は、ベンチに座りながらランカを待つ。
今やトップアイドルとして活躍するランカは、変装しなければ外に出られない程に有名だ。
そのポジションはあのシェリルより一歩程後ろにあると言われているが、ランカの人気は今も尚加速度的に増え続けている。
待ち合わせ場所も念の為、ショッピングモールから少し外れた人気の少ない公園にした。
「アルトくぅ〜ん!!」
聞き慣れた優しい声の方を向けば、深めの白いハットにサングラス、青と白を基調としたワンピース姿で走ってくる女の子。
ランカだ、とすぐに解ったが、何時もと何かが違う。
そう、何だか走り方が何時もと……
「ごっ、ごめんね?待った?」
「いや?まだ時間はあるし、無理して走って来なくても良かったのに」
「そ、それはアルトくんに早く会いたかったから…」
「へぇ〜…、そんなに俺に会いたかった訳だ?」
「うぅ〜……やっぱり意地悪だよ……そんな事言われたらドキドキしちゃうよ……」
頬を染めながら俯くランカに、悪い悪いと言いながら頭を撫でてやる。
そうすれば、擽ったそうに、でも嬉しそうに笑いながら自分の手を俺のそれに重ねた。
「でも、今日はちょっと走りづらかったな…」
「……それ、新しく買ったやつか?」
そう言えば、と思いながらランカが履いている茶色のブーツに目を移す。
走り方が何時もと違ったのはその所為だろう。何せ普段履き慣れていないブーツ、しかも厚底だ。
「ぅ、うん……この間、ナナちゃんと一緒にお買い物に行った時に、ね?」
そう言うと、ランカはまた頬を林檎の様に紅く染めながら俯いた。
そして、重ねていた手をキュッと軽く握り締めて。
何だこれは、と思いながら、その可愛らしい仕草に照れてしまった。
「ま…まぁ、取り敢えず行こうぜ。ショッピングモールから…で良いんだよな?」
緊張の所為か、かけた言葉は少しどもってしまい、心の中で「カッコ悪!!」と叫ぶ。
それを誤魔化す様に、ランカの手を引くことも忘れゆっくりと前に歩き出した。
「……っ、アルトくん!!」
後ろから何かを決意した様な、上擦ったランカの声が聞こえて、「ん?」と振り向く。
その時。
「……ッ!?」
人というのは、余りにも想定外な出来事が起こると思考が停止するらしい。
何が起きたか、その時は理解できなかった。
「それ」は、今まで俺が体験した事の無かった出来事で。
だって、今までコイツは何度も試そうとして、「届かないよ…」と何時も軽く落ち込んでいたから。
「出来る筈がない」と決め付け、鷹を括っていたから。
肩に手を掛けられ、目の前には瞳を閉じたランカ。
そして、
唇に優しく、暖かな感触……
時間にすれば、本当に一瞬。それでも。
キスをされた、と解るまで。その瞬間までは、酷く長く感じた。
「……いつも余裕な顔で意地悪する仕返し、だよ!」
「行こっ!」と、何事も無かったかの様に俺の左手を取り走り出す。
戸惑って、つられて走りながら。前を見れば、耳まで真っ赤にしているランカ。
「いきなりかよ」とか、「不意打ちだぞ!」とか、言いたい事は山程浮かんできた。
でも、前を走るランカの後ろから、少しだけ覗けた表情を見れば。
「お前の所為か」と睨み付けても、その底が厚いブーツが止まる気配は無く。
嬉しそうに走るランカの足元はぐらついて落ち着きがない。
なら、前を走るランカの暖かさを左手に感じながら。
何時でも俺の胸元に抱き寄せられる様に、準備をしておこう。
その内お前は、相も変わらず何時も通りに転んでしまうだろうから。
突然ずらされた時間
(だって、何時も幸せを与えられてばかりなのは悔しいから)
-補足-
ただ単にランカちゃんからキスさせたかっただけなんだよ\(^O^)/
ナナちゃんは超時空シンデレラの意図を知ってお買い物に付き合ったという(笑)
身長差って、良いですよね(´ω`)