「今日は珍しくシェリルとランカちゃんもいるし、俺達も訓練がない。早くみんなで帰ろうぜ、姫?」



きっとそれは、ミシェルくんなりの最終確認。

ホームルームも終わって、私の席の前では、ミシェルくんがからかう様に彼――アルトくんに告げた。


何時もなら、「姫って呼ぶな!」という反応が返ってくる。

でも、此所に居る誰もが、今日はそんなやり取りが続くとは想像して居ないと思う。



「……悪い。今日は用事があるんだ。先に帰るな…?」



あぁ、やっぱり。

仮面の様に作られた小さな笑みを私達に向けた後、一人で歩き出すアルトくんを止める勇気が私には無くて。

胸が締め付けられる感覚に陥りながら、その背中を黙って見送るしか無かった。



「…どうしたんでしょうね?先輩……」

「…さぁな。あの様子じゃ、大好きな空を飛びに行くって訳でもなさそうだし……」



心配そうに、その背中を見詰めながら言葉を交わす二人。

普段は軽口を叩く二人も、今日はずっと困惑した様にアルトくんの表情を伺っていた。



「昨日までは普通だったのに……一体、どうしたんでしょうか……?」



眉尻を下げながら呟くナナちゃんに、「うん…」と小さい言葉しか返せない。



「ねぇミシェル、昨日はどうだったの?宿舎、アルトと同じ部屋なんでしょう?」



何時も強気な態度を崩さないシェリルさんも、流石に心配そうな表情を浮かべながら尋ねた。



「う〜ん……特に変わった様子は無かったと思うな……」



「多分俺が先に寝たから、その後の事はわからないけど」と、ミシェルくんは顎に手を当てて昨日の事を思い出し始めた。





そう。今日は一日中アルトくんの様子が何時もと違った。

皆で楽しくお話ししている時も、授業中に伺ってみた横顔から読み取れる表情も。

「無気力」と言うよりは、「上の空」の方が適切かも知れない。


何をするにしても、心此所に在らず、と言った表情を常に纏っていた。



「……何にせよ、もしアルト自身に問題があるなら、それはアルト自身が答えを出さなきゃ解決しない。だったら、私達はその時が来るまで待ちましょう?」



ストロベリーブロンドの髪を掻き上げ、溜め息混じりに紡いだシェリルさん。

その言葉がとても力強くて、皆の表情が柔らかくなっていく。



「…それに。アイツが私達を頼ってきた時は、私達が支えてやればいい……でしょ?」



そう言いながら、私にウィンクを投げ掛けてくれた。

きっとそれは、「恋のライバル」としてじゃなくて、私を大切な「友達」として向けてくれた物で。



「……そうですよね。アルトくんは、一人じゃないですもんね!」



心が暖かくなって、私もシェリルさんに「大好きなお友達」として、自然に笑顔で応える事が出来た。

























時間の流れは本当に早い。

私達人類が、この自然溢れるバジュラの母星に降り立ってから、もう三ヶ月が経とうとしていた。



沢山の犠牲と悲劇、憎悪や痛みを乗り越えて辿り着いた、もう一つの故郷。

敵同士だったバジュラ達と手を取り合い、分け与えられた大地、海。



そして、アルトくんが恋い焦がれていた、本物の空。



本物の空を飛ぶアルトくんは、初めて見る玩具を与えられた子供みたいに嬉しそうで。

シェリルさんと笑い合いながら、二人で空に嫉妬したっけ。





だからこそ、今日の泣きそうに笑っていたアルトくんが、頭から離れない。



何かあったなら頼って欲しい。

「アルトくんは一人じゃないんだよ」と声を掛けてあげたい。





気が付けば、私はグリフィスパークに辿り着いていた。



久しぶりに来たこの場所は、フロンティア船団が宇宙を旅していた時と相も変わらず静かで。

只違うのは、オレンジ色に優しく彩られた景色が、造られた物では無いという事。




最後にここに来たのは何時だったっけ?

…そうだ。あの時。

ブレラ…お兄ちゃんと一緒に旅立った、あの日。

アルトくんに想いを告げて、お別れした日だ……








そんな事を考えながら、一番上まで登り詰めれば。



何だか可笑しくなって、一人で苦笑を漏らしてしまう。

私は超能力者じゃ無いし、況してや未来予知が出来る訳でも無い。



それでも。



やっぱり私をアルトくんへと導いてくれるのは、この丘なんだね、と。





「…ランカ……?」


琥珀色の瞳を少しだけ大きく見開き、驚いた様に私を見詰めるアルトくん。

何だか恥ずかしくなって、自分でも照れてしまって居るのが解るけど、ゆっくりと近づいて行く。



「…ここに、いたんだね……」

「……あぁ………」



二人分位の距離を空けて、アルトくんの横に立つ。

無表情で夕焼けに染まる空に、私から視線を移すアルトくん。



こんな事は、きっと初めてだ。

多分、私もアルトくんも、何を話せば良いのか解らないんだと思う。

居心地はちょっと変だけど、嫌じゃ無い。じっと、二人で空を眺めて居た。








「………何か、あったの………?」



視線は空へと向けたまま、支配していた静寂を、私が壊した。



「今日のアルトくん、元気無かったから……」

「………」

「泣きそうな、顔…してたから……」

「………」



何時までも続く静寂に耐えられなくなって、遂にアルトくんへと向き直る。

風が優しく吹いて、雲が流れて。

やっぱり、困った様な、泣きそうな顔をしたアルトくんが居た。



「……それ、紙飛行機………?」



ふと目に入ったのは、アルトくんがよく作っている紙飛行機。

でもそれは何時もと違って、寒色系の鮮やかな色合いを纏っていた。



「…和紙で作ったやつなんだ…」

「…わし……?」

「あぁ……」



そう言いながら、紙飛行機を見詰めるアルトくん。

再び訪れた静寂の中、私は言葉の続きを待っていた。






「今日は…さ。…………命日、なんだ……」










其所から見える世界は
(大好きな人の、心の奥に眠る悲しみでした)










ごめんなさい、もう展開読めると思うんですが、もう少し続きます゚゚;


 

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