短編
□夏の暑い日
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昼を過ぎ、気温が少しずつ上昇し一日のうちで一番暑い時間になった。
立っているだけで汗がにじみ出てくる。
そんな中、他人の家の前で叫ぶ女が一人。
「そーうーごくーん!」
女の声は近所一帯に響き渡るような大きさで、家の中にいる男には当然女の声は十分に聞こえていた。
男は一瞬出て行かないことを考えたが、その場合女は永遠に自分の名前を呼び続けることを予想し、渋々重い体を動かし玄関に向かった。
あえて目の前にある扉は開けず、扉の向こうにいる女に聞こえるか微妙な大きさの声を放った。
「...何でェ。」
「あーそびましょーう!」
「嫌でィ。」
「えぇ?!何で?何で嫌なの?」
「おまえが馬鹿だからに決まってんだろ。」
「えぇ?!馬鹿なのは自分でもわかってるよ!どうしたら遊んでくれるの?」
「その馬鹿さを治したら。」
「えぇ?!あたしの馬鹿さはもうどうにもならないよ!」
「わかってるじゃねェか。」
「お願い!出て来て!」
「...俺は今忙しいんでェ。それに今俺は監禁されててここから一歩も出れな...」
「マジでか?!じゃあ待ってて今から私が助けるから!ちょっとドアから離れてて!」
「え?」
「ヤァァァァァ!!」
その大きな声をかき消すようにガシャァァンと何かが壊れる音が辺りに響いた。
筒抜けになった部屋には男が今までに女が見たことがないような驚いた顔で立っていた。
「総悟大丈夫?!」
「...この馬鹿には冗談も通じないのか。」
「総悟を監禁なんざした奴はどこじゃァァァ!!」
「うるさい。黙れ。」
「ん?って言うか総悟ってドがつくほどのドSなのになんで監禁なんて...。」
「おまえ何しに来たんでェ。俺の睡眠の邪魔しに来たのか?」
「いやいや、そんなこと恐ろし過ぎてできないですよ〜!私はただ...」
女は少し恥ずかしそうに、それでいてこれから男がどのような反応を見せるのか期待に胸を膨らまして男に何かを差し出した。
「誕生日おめでとう!!!」
「オウ。」
「え?!それだけ?何かもっとないの?!」
「何でェ、そりゃ。」
「あぁこれ?これはね総悟へプレゼント!!開けてみて!」
男はびっくり箱ではないかと用心しながらそっと箱のふたを開けた。
その中に入っていたのは...
「ゴミ?」
「どんな嫌がらせ?!ケーキだよケーキ!!」
「廃棄物の間違いじゃねーのか?」
「歴とした食べ物です!」
その廃棄物と呼ばれたケーキはお世辞でも上手いとはいえない出来栄えで、女も内心自分に才能がないのはわかっていた。
それでも苦労して作ったのだ。
男のために。
「まぁ、」
「...まだけなす気かい?」
「ありがとうな。」
男は自分でも柄でもないと思った。
けれどこの日くらい、自分が生まれた日くらい素直になってもいいんじゃないかと思ったのだ。
自分が生まれてきたことを仮にも祝ってくれているのだから。
「え?!今なんて?!何て言ったのですか、総悟さん!」
「黙れ。口を開くな。」
「......。」
「目で訴えてくるな。」
「何て言ったのかわかる?」
「さぁ?」
「大好きって言ったんだよ。」
「キモ。」
「キモイとは何だ!!けっこう勇気いったんだぞ!愛の告白だぞ!」
「馬鹿がうつるからしゃべるな。」
「ムキー!」
女は知らなかった。
男の口元が微かに弧を描いたのを。
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