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□戦乱の足音
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イザベラとガレスによる亡国の危機を乗り越えてからそう日も経たないある日。
王都フェードラッヘでは、私とパーシヴァル、グラン一行、そしてジークフリートにヴェインらがランスロットによって招集されていた。
そんな中、現状報告であるブリーフィングが始まりランスロットが口を開く。
「…その後、騎士団の団員を動員してイザベラとガレスの大規模な捜索を行ったが…消息は不明。奴らから詳しい情報を聞き出す手段は断たれた」
淡々と状況を報告する彼は、ジークフリートの持つ情報の共有を促す。するとジークフリートはいつもの無表情を崩すことなく、言葉を紡ぐ。
「ふむ…俺が調査した限りでは、ウェールズ家はよからぬ禁術や間者を駆使して周辺諸国を脅かしている……いずれこの王都を奪いにくるのも時間の問題だろうな…」
「禁術」____その言葉に私はある過去の記憶が浮かぶ。
「…お父様、このまぁるいのは、なあに?」
母が亡くなった後の幼き日の私は、父から施された自身の左胸の上に浮かぶ魔法陣を指差して、尋ねる。
すると父は微笑んで、その魔法陣をひどく愛おしそうに眺めてから言った。
「それはお前とお母様を繋げる大切な"オマモリ"だ。このことは他の誰にも言ってはいけないし、見つかってもいけないよ。…わかったかい?」
「…誰にも?…パーシィにも?」
「…ああ、そうだ。誰にも言ってはいけないよ、お父様との約束だ」
「…はい、お父様」
そう言って、お父様は私の頭を撫でてくれた____
「……愛称?そんなに強く握ったら皺になる。どうかしたのか?」
そうパーシヴァルに声を掛けられて、無意識に自身の左胸辺りの服を握りこんでいたことに気づいた。
「……ぁ、なんでもないの…ただ、アグロヴァルお兄様がそんなことをなさるなんて、と考えてたら少し不安で」
咄嗟に吐いた嘘にしては上出来だと思ったが、双子の兄だけは怪訝な顔をしていた。私は作戦会議の邪魔をしてしまったことが申し訳なくなり、続きを願い出た。
「…さて、息つく暇もなく訪れた危機。お前達ならどうする?」
彼は微笑みながら、騎士達を試すような物言いをする。先陣を切るのはランスロットだった。
「…では、俺とヴェインは開戦に向けて軍備の準備を」
「おっけー、ランちゃん!よ〜し、忙しくなるぞぉ〜!」
ジークフリートは二人の回答に静かに頷くと自身は王都離れると言った。
「おい、ジークフリート。せめてどこに行くかくらい俺達には共有しておけ」
「そうです!今度はどちらに行かれるの?」
私とパーシィの発言にお決まりの無表情を崩して、笑みを浮かべる。
「ふっ…お前らは俺の保護者か?」
「なっ!?」
「へっ!?」
彼のそんな一言に私はカッと頬が赤くなる。隣のパーシィも目を見開いている。ジークフリートはなるべく秘密にしておきたいとそう答えた。
「……もういい。勝手にしろ」
そう言ってそっぽを向いたパーシィに思わず破顔してしまった。
「ははは、パーさんと名前ってこういうところ見てると双子なんだな〜!ってなるよな。普段全然似てないのに!」
「駄犬の分際で、俺を愚弄するか」
「うぇえ?!なんでそうなるんだよ!違うよ!褒めてるんだって!」
「私とパーシィ、そんなに似てないかしら…?」
少しショックかもしれない。
「いや、俺は名前とパーシヴァルは似ていると思うぞ」
「本当?!ランスロットならそう言ってくれると思っていたわ!」
私がランスロットに笑いながら飛びつくような勢いで目を向けると、彼は何故か苦笑いしていた。……なぜ?
「まぁまぁ、落ち着け二人とも」
そんな笑みをたたえたまま、未だに止まない言い争いを続けるヴェインとパーシヴァルを止める。
「で……パーシヴァルに名前。お前達はどうする?」
「俺は……」
「私は、パーシィに…お兄様にどこまでも着いて行くわ」
「…名前」
私は隣のパーシィに微笑むと、その手の上からそっと自身の手を添えた。
「心配なんだろ?ウェールズ家のことが」
「……ランスロット_____だが、」
彼の言葉を断つようにランスロットは続ける。
「お前は…俺達に……王都に縛られることはない。だから自分の思った通りに動けばいいんだよ。違うか?」
優しく諭すような物言いにパーシィは一度目を閉じて、少しだけ笑った。
「ああ、そうだな。騎士団を離れた俺は今やウェールズ家の者だ」
いつもの調子に戻ったパーシヴァルを見て、ランスロットも笑いながら背中を押す言葉を投げかける。
「俺達はお前のことを信じてる。だから、変な気を遣ってないで、さっさと行ってこいよ」
「ふっ…ランスロット、恩に着る。俺達が兄上と話を付けてくる。だから、それまでは…」
それまでの笑みを消し去り、真剣な炎を宿したその瞳は再び開かれる。
「わかってるって!それまでこちらから戦争を仕掛けることは絶対にない」
「あ、ああ!そうだな…ランちゃんの言う通りだぜ!もうこれ以上、誰の悲しむ顔も見たくないしな!血が流れないんなら、それが一番だぜ!」
元気にそう言い切ったヴェインに場の雰囲気が和む。
「では、旅の準備を整え次第、俺達はウェールズに発つ。…皆の者、異論はないな?」
「おー!」と騎空団の面々が声をあげると、私たち双子も顔を見合わせて笑いあった。
「よっしゃー!腹が減っては何とやら!まずは飯の準備をするぜー!」
「ヴェイン、私も手伝うわ!」
「おっ、助かる〜!じゃあ、さっそく行こうぜ!」
私とヴェインが厨房へと消えた後。
「名前が何故、駄犬の手伝いをする?」
「最近、ヴェインに料理を習うのが楽しくて仕方ないらしいよ」
「なっ!?グラン、それは本当か…?」
団長こと、グランの一言に驚きを隠せないパーシヴァル。そこにルリアの一言が彼へとさらなる一撃を食らわせる。
「私もこの間、厨房で二人が楽しそうにしているのを見かけましたよ!」
「んなっ??!二人きりだと……」
「そういや、この間オイラにはヴェインにお菓子作りを教えてあげる話を楽しそうにしてたぞ」
「駄犬の分際で………消し炭にしてやる…」
自身の愛剣を携えて、厨房に向かおうとするパーシヴァルをグランとランスロットが必死になって止めに入ったのは言うまでもない。
こうして、長い作戦会議が終わった。しかしその夜、グランたちと私たちは喧嘩別れをしてしまう。
ウェールズに向かうのは、グランたちも一緒だと私も思っていたが、パーシィの言い分がわかってしまい彼らの口論に口を出すことが出来なかった。
そして飛び出していってしまったグランに何も言えないまま、夜は更けていった。