novel2

□いってらっしゃい
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いってらっしゃい


深々と冷え込む年末。
街を行き交う人々は寒さを忍ぶ様に足早に家路に向かうのだが、そんな中、武装警察真選組は年末の取り締まりに総出で当たっていた。
クリスマスから年明けに向けて約二週間は、一年で一番事故や事件が多発する時期であり、見廻り組などの警察機関だけでは手に負えない為、テロ犯罪を中心に取り締まっている真選組も借り出される。
勿論、真選組副長の土方十四郎はこの一週間近く屯所で寝泊りをし、自宅には一切帰っていなかった。
その為、土方の自宅は静まり返っている筈なのだが…
「なんで土方が帰って来ねぇんだぁ!!」
過激派攘夷志士である高杉晋助は居間を占領している大きな炬燵を、雄叫びと共に強勢にひっくり返した。
「スッゲェ寒いんですけどぉ」
「自分でやった事は自分でしっかり直しておくのだぞ」
「アハハ…高杉も相変わらず元気がええのぉ」
三者三様のコメントを零す元同士達に、雄々しく仁王立ちしている高杉の怒りがヒートアップしてゆく。
「テメェ等は一週間も帰ってこない土方が心配じゃなねぇのか!?」
泣く子も黙ると恐れられている凶悪テロ組織、鬼兵隊を率いる人物には到底見えない。
ここ数日家に帰ってこない土方に、見かけに寄らず常識人(?)で心配性な高杉は、仕事に追い込まれて無理をして体調を崩していないだろうか?怪我でもしていないだろうか?と気に病んでいた。
あんなにほっそりとした肉体に、白を通り越して青白くなった肌を想像しただけで、胸が張り裂けそうだ。
「てかさぁ、多串君が帰って来れないのってハッキリ言って高杉のせいじゃねぇのかよ」
菓子を口に含みながらジャンプを捲る銀時の呟く声に、高杉は敏感に反応する。
「テメェがテロ予告とか事件起こすから、多串君の仕事が増えて大変なんじゃんよ」
「お、俺は近頃、活動してねぇよ…」
「下っ端がやってんじゃねぇのか!?自分の部下ぐらいしっかり管理しとけよなぁ」
「…。」
「ぜってぇ多串君も高杉の事恨んでんじゃねぇのぉ」
「!!!!(眼が極限まで見開く)」
高杉は仁王立ちしたまま体を小刻みに震わせながら、絶望感に顔を真っ青に染める。
それ以上に恐ろしいのは、顔が鼻水と涙でグショグショになっている事だ。
『おい、銀時。これ以上高杉を苛めるな』
『そうじゃ、ぶろーくんはーとじゃ』
『そんなタマかよ』
『土方命の奴だ…下手したら自殺しかねないぞ』
『高杉が死んだら金時のせいじゃからのぉ』
『お前だって以前、土方の浮気相手がお前だと疑われて、殺されそうになったのではないのか?』
『わしだって土方に色目使ったちゅうて、不幸の手紙が1ヵ月も続いたからのぉ』
『お前の場合、次はタダでは済まないぞ』
『そうじゃそうじゃ、剃刀じゃ済まないぞ、納豆じゃ』
『…(段々、不安になってきた)』


「って、テメェ等は何やってんだ」

突然現れたこの状況の元凶である土方は、居間のなんとも言えない雰囲気に眉間に皺を寄せる。
未だ隊服の姿から察するに、仕事途中に自宅へ寄ったのだろう。
「高杉、どうしたんだ?」
見るからに高杉の部分だけ気温が10度は低い、おまけに霙が吹き荒れている。
「…土方…俺の事、嫌いか?ウザイか?恨んでいるか!」
高杉は雪崩れ込むかのように土方の両足にしがみ付き、涙と鼻水で汚れた顔で見上げる。
「ウザイ事は確かだな…でも、嫌いでも、恨んでもいない」
涙と鼻水がススッと引っ込み、気温が微かに上昇した。


「俺はお前の事…『ゴォーン…ゴォーン…』


気が付くとテレビから除夜の鐘が響いていた。
何処もかしこも新年を祝う言葉で溢れている。
「さ、遅れちまったけど年越し蕎麦作るぞ」
土方は腕まくりをし、足にへばり付いている高杉を払い除け、キッチンへ向かう。
「多串君、仕事は?」
「近藤さんから一時間だけ時間を貰った」
「ゴリラにしては粋な事を…」
「ゴリラじゃねぇ近藤さんだ」
ポットに入っているお湯を鍋に移し、先程コンビニで購入した蕎麦を茹で始める。
土方は未だに床でへばっている高杉に視線を向けると、呆れた様に溜息をつき。
「高杉、テメェの好きな柚子買ってきたから、摩って蕎麦に入れてやるから席に座っていろ」
高杉はそれを聞くと、そそくさと自分が吹き飛ばした炬燵を元に戻し、素直に席に着く。
『『『流石、土方…』』』
長い付き合いの三人より、土方の方が高杉の扱いが上手い。
数分後、其々の前に置いた蕎麦から白い湯気と、仄かに香る柚子の良い香りが立ち上る。
土方は蕎麦に手をつける前に、正座に座りなおしてピシリと背筋を伸ばし、四人の顔を見渡し。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
それに習い、四人も座りなおし軽く頭を下げ。
「「「「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」」」」
一区切りつくと、蕎麦に口をつける。
テレビからは若手のお笑い芸人がガヤガヤと騒がしく盛り上げるが、室内はゆったりと暖かく、静かな時間が流れる。
土方はサッと蕎麦を食べ終え、また仕事に戻るために席を立つ。
高杉はまるで母親の様にホカロンを付けろだの、もっと温かいコートを着ろだの忙しく土方の面倒を見る。


そんな当たり前の風景を何気なく炬燵の中で眺める三人。

何時もの様に土方を玄関で見送る四人。


「いってらっしゃい」

「いって来る」



そして新たな一年がスタートする。




 
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