short-story

□傘の中の空。
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円「あっ、ヤバ。宿題忘れた…!!」

雨の日に、それも下校する途中に気づく忘れ物って…少し取りに戻るのが憂鬱になる。
特に今は小雨だから傘を差すべきか、そうでないのかハッキリしなくて円堂はよけいに気が滅入った。

しかし、今回忘れてしまったのは今日家でやる予定の宿題、明日提出できなければ居残りは決定も同然だ。

そんなことになったら部活ができやしない…。

大きなため息を一つ付くと、小雨の中円堂はもと来た道を走りだした。


 ―――

学校に着くと、教室のロッカーに入れっぱなしだった数学の問題集を雑に引っ張り出す。
曇天のせいで薄暗い教室、放課後は誰もいないそこに円堂はなんともいえない寒さを感じた。

何気なく窓から外を見ると、空は更に重たい色を帯びていて…あれさっきより暗くなって…。

その瞬間、円堂は気が付いた。

早く帰らないと雨が本降りになっちまう!!

暗いからどうのこうのって言ってる場合じゃなかった。とりあえず目的は果たしたのだ、もうここに残ることはない。
円堂はバッグの開いたスペースに問題集を詰め込むと、いそいで生徒玄関へと走っていった。


…が、時すでに遅し。


走って帰ろうものなら、まるでシャワーを浴びたかのように濡れると安易に予想できる勢いで、雨は町を包み込んでいた。

どうしよう、この時間じゃもう生徒はほとんど残っていないし。かろうじて持っている折りたたみの傘じゃ絶対壊れる…。

この際濡れるの覚悟、と円堂が外へと足を踏み出そうとした…まさにその時。

風「傘も差さずに何してるんだ円堂?」

円堂の後ろから、聞き慣れた幼馴染の声が雨の雑音に雑じりつつもハッキリと聞こえた。

円「風丸っ!!」

円堂が振り返るとそこには、明るい水色の傘を片手に不思議そうに首をかしげる風丸の姿があった。

風「まさか、この天気で傘も差さずに走って帰るつもりだったのか!?」

風丸の核心を突いた言葉に円堂は苦笑をこぼす。

円「だって、傘もってないからさ…」

すると風丸はふふっ、と小さく笑い雨と校舎の境目に立つ円堂の横に並ぶと。

風「天気予報くらいは見とけよな」

そう言って円堂と自分の上に傘を開いたのだった。

円「風丸…いいのか?」

風「あたりまえだろ」

さぁ帰るぞ、と風丸に言われるがままに円堂は後を追うように歩き出した。


 ――

円「ところで風丸は何でこんな時間までいたんだ?」

円堂の質問に風丸は一言『日直と掃除』と返事を返した。そしてすぐに円堂が忘れ物をしたことを言い当てる。

なんでお前はそんなに俺のこと分かるんだよ…。

円堂はそう思ってもなんだか悔しくて言葉に出来なかった。

小さい頃からずっと一緒にいて、いっぱい遊んで…。
一度は別々の部活に入ったけど、またこうして一緒に居る風丸が…どうしてここまで俺のことを知っているのか。

ようやく言葉が出てきて、ためしに聞いてみても風丸は『幼馴染の勘』だと笑った。
そんな言葉は生まれてこのかた聞いたこともないが、確かにそうなのかもしれないと円堂は思う。
風丸はいつだって自分にとっての良き相談相手だった。

しかしそれを思うと同時に、だとしたら俺にはそんな勘存在しないんだなと軽く落ち込んだ。



並んで歩く相合傘はゆっくりと帰るべき家へ近づいてゆく。幸いにも円堂と風丸は帰る方向が一緒で、だからこそ出来た相合傘だった。

迷惑じゃないだろうか…。

らしくもなく円堂はそう考える。自分ですら気が滅入ってしまう天気の日に風丸がわざわざ俺を入れてくれたことが本当に嬉しくて、言い出せはしないものの欲を言葉にするならば、出来ることならもう少しだけ長くこうしていたいと円堂は思っていた。

どうか、どうか神様。もう少しだけ、風丸といさせてください。



風「…ここで分かれ道だぞ」

しかし無情にも、いつも風丸と分かれる分岐点へたどり着いてしまう。

すると何を思ったのか、風丸は寂しそうに『どうする?』と一言円堂に聞いた。

それって…もしかして。

もうここで分かれてそれでお終い。そう思っていた円堂は風丸がどうしたいのか、想いが伝わってきたような気がした。

…俺にもあったんだな『幼馴染の勘』

もしこれが神様が俺にくれたチャンスだとしたら…。

円堂は訊ねた。

円「俺はこのまま走って帰るべき?それとも、風丸ん家まで…送って行ってもいいの?」



質問されてすぐに風丸は円堂の天然な不意打ちに、羞恥で耳まで顔を赤く染めた。
円堂は気づいていないだろうが、風丸よりも若干低い円堂に見上げられると…傘の中のこの距離だ。いつもとは違う雰囲気に圧倒されてしまう。

もしかして伝わったんだろうか俺の気持ち。

風「そっ、それは…円堂がしたいようにすればいい…」


ただ一緒に帰りたくて、円堂を傘に入れた。偶然帰るときに見つけたとはいえ、ここまで俺の気持ちを煽るなんて…。

風丸は恥ずかしげに目を円堂から逸らすと、だんだんと語尾を小さくしながら返事した。


どうか、どうか神様。もう少しだけ、円堂といさせてください。


さっき願ったこの気持ち。神様は俺に微笑んでくれているのか…?

その直後微笑みながら返事を返したのは神様でも、天使でもなく…。

円「じゃぁ、俺送ってくよ。風丸の家まで」

…円堂だった。


風「そうか、分かった。ならもう少し傘の真ん中に寄ってくれ、肩が雫に濡れてるぞ?」

風丸は傘を右手に持ち替えると、左手で横から抱き寄せるように円堂と体を近づけた。

円「大丈夫だって…気にすんな」

抱き寄せられた円堂は嬉しそうに笑いながらも、頬が温かな色に変化していた。

こうして再び2人は歩きだした。たとえそれがほんの数分の出来事だとしても、色のない空の下だったとしても…。


 ――

円「やっぱ早かったな、風丸の家に着くの。ゆっくり歩いたんだけどなぁ」

風「そんなもんさ」

サッカーをしている時もそうだけど、こういう幸せな時間って短く感じる。
忘れ物に気づいたときにはあれほどまでに憂鬱だったのに、その気分さえ思い出せないくらい…今はこの雨が喜ばしく思えた。


風「それよりも送ってもらってすまん…良かったら上がっていくか?」

気を使って休憩を勧める風丸に、円堂は『家でやらなければいけないことがある』と断った。
本当はそこまで焦ってやらなければいけないことなどないのだが、それでもあえて…風丸の家には上がらなかった。

これ以上俺が求めることは何もない。ただ風丸と一緒にいれて良かった。そう思えて円堂は幸せだった。

それは風丸も同じことで。

風「そうか、なら…せめてこれ。持ってけよ」

留めるようなことはせず、円堂の言葉をしっかりと聞き入れたのだった。

そして、まだ降り止まぬ雨の中風丸が円堂に手渡したのは、たったの今まで一緒に入っていた水色の傘だった。

円「え、借りていいの?」

慌ててそう聞く円堂に風丸は『送ってもらったお礼だ』と笑って答える。

円堂としては、勝手に傘に入れてもらって、勝手に家までついて行って…何一つ感謝されることなどした気がしないのだが、風丸の笑顔が本当に嬉しそうだったので躊躇うことなく受け取った。





風「それじゃぁ、また明日な!!」

円「おう!明日なっ」

2人が別れを告げた後、円堂は1人傘と雫を揺らしながら家へと帰った。

雨と水溜りの町に嬉しげな円堂の足取り。

風丸色の傘。とても明るくて優しい、風丸そのものの色。
それをしっかりと握って、円堂は大きく息を吸い込んだ…。




傘の中は晴れていたから…。

end

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