short-story
□宵の供には酒を交えて
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大嫌いなお酒の風丸side
※大学生パロ
※未来捏造注意
この合鍵を使うのはいつ振りだろう。
久しく見ていなかった目の前の扉に、俺はそっと…サッカーボールのマスコットが付いた鍵を差し込んだ。
きぃっ…と鉄がすれる音がして、大学生が一人で住むにはちょうど良い広さの部屋が姿を現す。
少しだけ息を吸い込むと懐かしいあいつのにおいがして、俺の家って訳じゃないのに不本意ながら安心してしまった。
「ただいま……って言ってもまだ帰ってないみたいだな、ヒロト」
そう、ここはアパートの一室でヒロトが生活している部屋だ。
俺が合鍵を持っている理由は単純、そういう仲だから。
寂しいとき俺はいつもここへ来て、幾度となくあいつと夜を過ごした。それが目まぐるしい日常の中で唯一俺に与えられた愉悦だったんだ…。
別々の大学に入り、それぞれの進路を歩む俺たちの日常。
目まぐるしさは入学当初よりも勢いを増し、自ずと共に過ごす時間は削られていった。
だけどようやく、ようやくこうして再会できる日が訪れた。
お互いのスケジュールが上手くかみ合い、時間が出来たのだ。
メールのやり取りの中でそれを知った俺は思わず立ち上がって喜んだ。
そんなこと、ヒロトは知る由もないんだろう。
ぼぉっと白昼夢を見ていたかのようにたたずんでいた俺は意識を取り戻すと、以前と何も変わっていない部屋で先ほど買ったチューハイの缶を取り出し、ミニテーブルの上に並べる。
そして一人早々と酒を口に流し込みながらヒロトの帰り待ちを決め込んだ。
…ちょうど俺が二本目の缶を開いて口へ運んだそのとき。
ガチャリとノブを回す音が俺の左側にある玄関から聞こえた…。
半開きのドアから横目でその姿を確認すると俺は一言。
「遅かったな、もう飲んじゃった」
そう言い今度はしっかりと顔を向け、真っ直ぐ俺を見つめる綺麗な緑の瞳を覗き込んだ。
「君が来るのが早いんだよ風丸くん」
なぜか少し驚いた表情のヒロトが笑いかけてくれたのを熱い頭で理解すると、俺も酔いのせいからか、つい口が緩んでしまった。
「お前も飲むか?」
とりあえず誘ってはみるが、どうにも疲れた様子であまり乗り気ではないらしく、重みのある足取りでヒロトはベッドへと向かっていく。
その行動に少し寂しさを感じつつも疲れているのは仕方のないことだと俺は後追いを我慢し、気を紛らわせるために二本目の残りを浴びるような勢いで飲み干した。
足りないとばかりに三本目を開けた瞬間。
「風丸くんってそんなに酒豪だったっけ?」
仰向けに寝転がり顔だけこちらを向いたまま、ヒロトが俺に質問してきた。
そう言われればそうだ…いくら寂しさを紛らわすためとはいえ、以前の俺はここまで飲んでいただろうか…否、飲んでいなかったな。
「さぁ…あ、でも。よく大学のやつらにあちこち連れまわされてるから慣れたのかも」
なんとなくそう答えると、一人こうなってしまった自分が尚更ヒロトと離れていくようで怖くなり。
「お前も飲めばいいのに…こういうのって一人じゃ侘しいんだぞ」
つい、そう付け足してしまった。
見ている限り、ヒロトはあまり俺のような飲み会に頻繁には参加していないのだろう。
酒を好まない思考的にまだ子どもの面影が見えているから、正直可愛らしく思う。
まぁだからと言って飲んでくれないのが嫌なわけではないんだけど…。
さすがに一人って本当に寂しい。
懇願するように顔を直視すると、
「…そんな風に言われたら俺も少しは飲まなきゃね」
ヒロトは俺とのにらめっこに負け、寝転んだまま苦笑をこぼした。
そしてすぐに、疲れからか瞼を閉じた状態で「俺にも一口頂戴」と俺に左手を差し出してきた。
「分かった」
なんとか手に入れた承諾の言葉を嬉しく思いながら俺は手に持っていたチューハイを一口自分の口に含み……。
差し出された手を握るとそのままヒロトの唇に自身のそれを重ねた。
すぐには開いてくれない口をなんとか開かせ、注文の品を直接注ぎ込む。
長めの沈黙が終わると、更に驚いた顔のヒロトをよそに「ちゃんとぴったり一口だぞ」と笑ってやった。
手に冷たい缶が手に触れて、タブを開けるとそれを少し口に含む…………そんなことあるわけないだろ…?
ヒロトの上に跨ると普段は見ることのできないアングルに体が疼く…。
息のかかる距離で未だに自分のおかれた状況が理解できていないような瞳を暴くように深く覗き込んだ。
何かヒロトの深層が見えるような気がして…でも、そに映っているのは他でもない俺だけだった。
お前は俺と会えない間、一度でも寂しいと思ってくれたのか…?
大学の知り合いと仲良くなりすぎて、俺のこと忘れなかった…?
ヒロト……。なぁ、俺のこと好きでいてくれるよな…っ。
俺は…、俺は…。
「ずっと会えなくて寂しかった…だから今夜だけはずっとそばに居て。頼むよ…」
……なんでだろう。
俺はいつの間にか、目の前に見えていた瞳がかすんで見えなくなっていた。
俺の四肢を伝って溢れる温かさにそっと顔をうずめると。
「卑怯だよ風丸くん。そんなこと言われたら、俺自分が抑えられなくなっちゃう」
まんざらでもないような言い草で俺をベッドにしっかりと押さえつけ、ヒロトは体勢を逆転させた。
愛情と形容するに相応しいキスがほんの少しの熱を帯びて俺の額に落とされる。
そして、先ほど感じた幼さを微塵も感じさせない眼差しに力を奪われると…。
「抑えなくていいさ、全部受け止める」
再び笑うヒロトに電気も理性も…俺はすべて落とされてしまったのだった。
END