short-story
□未完成な僕らは…
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「随分と浮かない顔をしてますね、霧野先輩」
そう言われ、振り向いた先に立っていたのは一年生の狩屋だった。
霧野は少しムッとした表情で逆光の彼を睨む。
毎度の事ではあるのだが、狩屋という少年は何故か出会った当初から霧野に突っかかってきては彼を困惑させた。
それはじゃれるように、また悪戯のように。
現在はマシになってきたものの、そういった行動をされる度に、霧野はますます狩屋と話す事が億劫になる。
両腕を頭の後ろで組み、狩屋は黙ったまま動かない霧野を不思議そうに凝視していた。
「別に、何でもない」
少しばかり遅れた答えを返すと、狩屋はそれを初めから期待していたとばかりに楽しそうな様子で笑う。
…何が可笑しい。霧野が眉を顰めて口を開こうとした時。
「いや…何も可笑しくは無いんですけど、先輩って分かりやすいなぁと思って」
はっと我に返って、血の上っていた頭がすっと冷えるくらい、狩屋の言葉は今の自分にとって的をついていた。
狩屋は霧野の表情を満足そうに見つめたまま、一歩また一歩と近づいてくる。
肩に斜めに提げた鞄がとても重い。
とんとんと近づく狩屋に後ずさることも出来ないまま霧野はただジッと彼を見つめることしか出来ない。
「昨日、霧野先輩は神童先輩と一緒に居たんですよね。何かあったんじゃないですか?」
ジッと絡む視線に汗が浮く。そう、霧野はこの目が嫌いだ…。
スッと切れ長で真っ直ぐな目、何もかも見通してしまいそうな視線。
狩屋はとても洞察力に優れていると霧野は思う。実際、周りが気づかない些細な変化を彼は捉えて汲み取る。
それに助けられたことが無いといえば嘘になる、だが今は。それがとてつもなく恐ろしい。
「何もない」
霧野がそう言う時には既に、狩屋に腕を捕まれていた。
「嘘ついちゃダメですよ先輩、声が震えてます」
耳元で囁かれる声に肩がヒクリと震える。
「ねぇ先輩、神童先輩じゃなくて俺にしたらどうですか?俺だったらもっと、ずっと霧野先輩のこと愛せるのに…」
そして続けざまに発される狩屋の言葉に、伝わる振動が鼓膜から心までもを甘く震わせた。
「ふざけるなっ…!」
思わず叫んで彼の手を払う、しかし狩屋はいとも簡単に体勢を整えて霧野を抱きしめる。
霧野は完全に心中を覚られてしまった狩屋に抵抗することも出来ず瞠目した。
「全部俺に委ねてよ先輩。そうしたら…」
狩屋が蘭丸の胸から首筋をスッとなで上げ、一度息を吸い込むと一言。
「そうしたら、俺なしじゃ生きられないほどに溺れさせてあげますから」
静かに言葉を紡いだ。
抱いていた不安と渇望がグチャグチャに混ざり合って霧野の心を堂々巡る。
愛されないなら、いっそ溺れてしまおうか…?
霧野はぼんやりと狩屋の背中に手を回して茜色に染まった空を見上げた。
そうだ、このまま溺れてしまおう…。