short-story

□未完成な言葉を…
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「今日はもう遅いし、俺の家でゆっくり休んでくれ」

課題を片付けるために、行きつけのカフェへ寄り道していた蘭丸は神童の言葉で我に返り時計を確認する。

PM10:48――。

頬をかきながら、長い時間付き合わせてしまったと苦笑しながら神童は蘭丸に微笑んだ。

「いや、俺も教えてもらって助かったし。」

閉店間際の片隅でノートを片しながら、蘭丸は窓の外を確認する。厚意に甘え、蘭丸は店の前に停車していた車に乗り込むと神童の家へとお邪魔することになった。

「お茶を用意するから待っていてくれ」

「あ、お構いなく」

蘭丸は神童の足音が自分のいる部屋から遠ざかるのを確認すると小さく息を吐いた。
何気なく辺りを見渡すと、綺麗に整頓された部屋の中に見慣れたグランドピアノが鎮座している。

ここに来るのはもう何度目なのだろうか…。
蘭丸はピアノに神童の影を重ねた。あの綺麗で細い指が奏でる旋律が頭の中で流れる。
しばらくゆったりと目を閉じ、ソファーに凭れていると頬に突然冷たいものが触れた。

「あ、すまない。起こしたか?」

目を開けると、いつの間にか帰ってきていた神童が、俺の頬に手を当てていた。

「いや、少しうとうとしていただけだから大丈夫」

そう言って視線を下げると、気づかぬうちにテーブルの上には軽食と温かな湯気をあげるお茶が用意されている。

「俺が用意している間も起きなかっただろ?」

蘭丸が小さく首をかしげる姿に神童は優しく微笑んだ。
時計を見ると、神童が部屋を出てからもう20分も経っている。感覚としてはまだ3分程度のものだったのにと蘭丸はあっという間に消えた時間に驚嘆した。

「悪い、神童。寝てしまっていたみたいだ…」

神童は気にするなと蘭丸の肩に手を置いた。

「それより霧野、家族には連絡したのか?俺の家にいること」

「ここに向かう途中でしたよ。そしたら”家には誰もいないし蘭丸が一人で留守番するより安心だから是非そうさせてもらいなさい”ってさ」

幼い頃から鍵っ子だった蘭丸は幼馴染である神童邸に度々お世話になっていたこともあって、このような外泊もすんなり通る仲だ。それを理解した上で、神童も蘭丸を家へ招いたのだろう。

「そうか、なら良かった」

神童は肩に置いていた手を頭へ移動させると髪を梳くように蘭丸を撫でた。
少し擽ったい顔をすると、神童は隣に腰掛けテーブルの上にあるコーヒーを一口含んで息をつく。

「霧野がこうして泊まりにくるのは久しぶりだな」

神童に倣って紅茶を飲もうとしていた蘭丸はその言葉に寸前で手を止めた。
喜色を滲ませる神童の横顔をそっと見る。その姿は幼い頃から変わらない…。
その無邪気さに蘭丸はなぜか壊れたおもちゃを連想する。

「嬉しいか?」

蘭丸が呟くように訊ねると、神童は目を細めて首肯した。
先ほどまで幼い頃の面影が滲んでいた笑顔が一瞬で大人らしく変わる。
その様子に寝起きでボーっとしていた頭が少し覚醒してきた。
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