●story●
□目覚めるとき
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目を開ければ、隣で静かに寝息を立てる愛しい少女。
長いまつげ、白い肌、紅い唇。
長い髪を梳けば、ふわりと甘い匂いがする。
少しだけ、僕は苦しくなる。
随分むかしのこと。
僕は、ただ遠くから君を見ていられれば、それだけでいいと思っていた。
時間が過ぎ少し成長した君は、昔より少し近い場所で、僕の名前を呼ぶようになった。
大きな波が過ぎ去って、君はこの腕の中に帰ってきた。
長い時間願い続けて、今では、眠りの時のその僅かな吐息も感じることができる場所に、君がいる。
…なのに、僕は苦しいんだ。
君の声が聞きたい。
君に触れたい。
君の体中を巡る、その血が欲しい。
君の全てが欲しくてたまらなくて、だけど、
底のない欲望が、溢れ出したら止まらなくなって
そして、君を酷い目に遭わせてしまうかもしれないから
苦しくて、怖いんだ。
静かに寝息を立てていた君が、腕の中で、身動ぎする。
まつげの下から、深い色の瞳が僕を見る。
「…枢」
少しだけ頬を染めて、君が僕の名前を呼ぶ。
「優姫…?」
呼び返すと、恥ずかしそうに、だけど嬉しそうに、僕を見つめる。
そして、笑う。
優しく、花が綻ぶように。
それだけで、僕の中で渦巻いていた欲望は、泡のように弾けて消える。
君の笑顔だけで、僕は満たされる。