●story●
□月夜に咲く
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数年後、僕たちは黒主学園の生徒として、再び出会った。
暫く会わないうちに、君は随分変わった。
幼い可愛らしさをまだ残してはいるものの、長く伸びた漆黒の髪、影を落とす睫に、憂いを帯びた瞳は不思議な魅力を湛えて、誰もが溜め息をつく程美しい。
けれど同時に、重く暗い陰を背負っているかのように、俯くその顔は青白い。
優姫がこの学園に入ったのは、他でもない、婚約者がいるから。
学費だって、その家に出してもらっているという。
だけど、僕は知っている。
その婚約を君が喜ぶ筈が無いということ。
与えられた学費や生活費には全く手を付けず必要な金は全て自分の手でで稼いでいるということ。
そのために、君が何をしているのかということも。
夜の街の、眩しく光るネオンに紛れて消えた君。
そして、僕は遂に見つけ出す。
階段を降りて地下の扉を開けると、熱された空気と独特の匂いが、体に纏わりつく。
扉の向こうには、派手な恰好をした女達。
その間を通り抜けて真っ直ぐ目的に向かう。
目の前に立つ僕を見て、彼女は酷く困惑した表情を見せた。
「帰ろう、優姫」
その肩に乗っていた重たい掌を払い除けて、露わになっていた肩に僕の上着を羽織らせ、細い腕を引いて入ってきた扉からその場所を出た。
そこからはただ無言で、待たせていた車に乗り込み、僕の住むマンションの前で下りて、部屋へ向かう。
優姫は少しだけ躊躇う仕草を見せたが、その後は抵抗する様子もない。
俯いて、僕の後をついて歩き、開けた部屋の扉に入って行った。
「どうぞ、座って?」
黙りこくって扉の前で立ち尽くす優姫を促した。
感情を表に出す事は無くとも、上着をしっかりと掴んでいる君の細い指は、震えている。
僕にはわかる。
「こんなことになって…私、もう戻れない」
不意に口を開いた優姫。
視線は何処に定まる訳でもなく、ただ空を見ていた。
"戻る"というのは、先刻の地下の事なのか、それとも疾うに手放した所謂"普通の"生活の事なのか。
その言葉にどんな意味があったとしても、僕は君をもう手放すつもりはないよ。
自分は変わってしまった、
あの頃の私はいなくなってしまった、
あなたの知ってる"黒主優姫"はもういない…
約束は守れない…
そう、君は言うけれど。
立ち竦む彼女に歩み寄って、抱き締めれば固まっていた身体が僅かに慄いた。
力無い腕で抵抗するけれど、わかってる。
僕を突き放す気など、君の中には微塵もないことを。
その身体は、心は、僕を求めていることを。
大丈夫だよ、優姫…
居たくもない場所になど戻らなくていい。
帰る場所が無いのなら、僕が君の帰る場所になる。
君はもう、がんばらなくていいんだ…