○story○
□ちよこれいと
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「はいっ」
帰宅後、いつもの挨拶を終えてソファーに座った枢に優姫が差し出したのは、小さな箱。
赤い包装紙に、レースとドット柄のリボン。
差し出す優姫の頬はほんのり染まって、その笑顔は疲れなど吹き飛ばす愛らしさ。
「何?優姫」
わかってるのに、尋ねるのは、愛しい人へのちょっとした悪戯心。
「…今日はショコラトルデーですから!」
優姫の答えに、満足げに目を細める枢。
忘れることなどない。
毎年繰り返す可愛い君の記憶。
今年は、どうしようか?
表面は優しく微笑んだまま、内側で思考が巡る。
枢の頭の中の企てなど知る由もなく、箱を受け取った彼の隣に、優姫も腰を下ろす。
「――…ん?」
箱を開けた枢の手が止まる。
「これは……今年は手作りじゃないの?」
「う…」
枢の質問に、優姫は目を泳がせる。
「だっていつも、失敗して迷惑かけるばっかりで…」
後片付けは結局自分で最後までしたことないし、
包丁で指をちょっと切ったとか、ちょっと火傷したとか、小さなことも全部あなたの耳に入って、その度に心配かけてしまうし、
去年は小火騒ぎを起こして、お兄さまは大事な会議に穴を開ける結果になってしまった。
そう、優姫が台所に立つと、決まってとんでもないことが起こる。
「だから…その、…自重しようと…」
心なしか枢の纏う空気が冷ややかになって、優姫の所にも漂ってくる。
情けない私に呆れてしまった?
チョコレートひとつ作れない私に、とうとう愛想尽かしてしまった?
優姫の心に不安が押し寄せて、その瞳にじわ…と涙が溢れる。
同時に、覆い被さる温かい枢の腕。
「大丈夫だよ、優姫」
君のそういうところだって、愛しいんだ。
言葉など無くとも、空気で伝え、優姫はそれを感じ取る。
ふたりにとって何よりも大切な温かい時間。
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