◆story◆

□Monster
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鈍色の、重たい扉を押し開ける。



鈍色の重たい鎧を小柄な身体に纏って、腰には大きな銀色の剣、手に豪奢な装飾を施した盾。

そんな豪壮な装備とは裏腹に、真珠の肌にルビーの瞳、艶やかな長い黒髪の、明らかに繊細な造作の少女は重たく溜め息を吐いた。



この扉を開けたら、冒険が始まる。






黒主優姫、性別:女、年齢:推定17歳、職業:狩人、通称ハンター。
日毎冒険に繰り出しては、村人に仇為す魔物達を成敗するのが、彼女の役目。

今日も役を果たすべく、山に森に、空に海に向かう。






―――…とかカッコイイこと言ってるけど、ほんとは魔物成敗の役なんてまっぴら!
何てったって彼女は平和主義者、暴力絶対反対!な心優しい少女なのだから。

今日も役をさぼるべく、ハンター仲間から身を隠すのにもってこいの、秘密の場所へ向かう。





「…ふぅ、」

村から程近い森の中の、静かな池の畔に腰を下ろす。

この森は昔既にハンターが魔物達を狩り尽くしたため、今では両者とも滅多に姿を現さない。

剣と盾を投げ出し鎧を脱ぐと、張り詰めていた緊張の糸が解れる。
それと同時に、こみ上げてくる怒りに似た感情。

「協会長ってばほんとにわからず屋なんだからっ」

だいたい魔物っていうのは元来大人しい生き物で、こちらが害を加えなければ刃向かってくる事など無い。

それなのにあの人ときたら…
真面目なのはいいけど頭カタいっていうか…融通効かないんだもん!

ハンターと魔物、相対する存在ではあるけれど、この狭い世界に共存していく事だって、きっとできるはず。

こうなったら"あっち側"のひとと交渉するしかないか…

そんなことしたらハンターは確実にクビだけど、元々やりたかった仕事じゃないし。
(育て親である前協会長に、気付いたらハンターにさせられてた!!)
それでみんなが仲良くなれるならいいよね!





がさっ



背後で木の葉が擦れる音。



「「誰?」」

声が重なった。



振り向くとそこには、それ以上に美しいものは見たことが無いと言っても過言ではない程美しい男のひと。

優姫の身長を軽く頭2つ分は超すであろう長身、けれどもハンターの男達のようにガッチリした感じはなく、それでも村人の服装の外から見てもわかる頼りがいのあるすらりとした肢体。
指先まで美しく繊細だ。
軽くウェーブのかかった艶やかな黒髪の隙間から、綺麗な肌が覗く。

何より優姫を捕らえたのは、儚さの中に静かな情熱を湛えた、ルビーレッドの瞳。

視線が絡む。

奪われた眼が、逸らせない。
蛇に睨まれた蛙じゃないけど、まるで全ての時が止まってしまったように、動けない。



「君は、ハンターなんだね」

脱ぎ散らかした鎧を見て、彼が口を開く。
その声に我に返った。

「は、はい…ってあの、なぜこんな所に?」

ここには村人は滅多に立ち入らない。
自分の身を守る手段を持たない彼等は、こんな誰もいない所で魔物と出会せば下手したら命の危険があるからだ。



「少し考え事があってね…ここなら誰もいないし邪魔されないかなと思って」

確かにこんな綺麗なひとなら村の女の子達に一日中騒がれてそう…

「そうなんですか…じゃあ私も外しますね」

そう言って立ち上がると、彼は駆け寄って、
不意に、優姫の手を取った。

「待って」

優しく、力強く握られた手から、熱が体中に広がっていくのがわかる。

困ったのと恥ずかしいのと(だって男のひとに手握られた事なんてないし!)…ちょっと嬉しいのとで、真っ赤になった顔を隠すように俯いた。
口から言葉が出てこない。

「何か色々悩んでるみたいだね…よかったら話聞かせて?」

そう優しく言う彼に、ただコクコクと頷く事しかできなかった。





半ば愚痴のような悩み事を、相槌を挟みながら彼は延々と聞いてくれた。



…はずなんだけど、なんでだろう。

なんで私、抱き締められてるんだろう。
なんで愛の告白されてるんだろう。
なんで、それを受けちゃってるんだろう。

でも、私も確かに彼を好きだと感じてる。

そして、「その理想の平和を実現するための一歩だよ」と手を引かれ向かった先は。





…私の家?

正確に言えば前協会長、つまりお義父さんの家。

って…え!
お義父さんに会うの?

「行こう」

繋いだ手は放される気配がない。

展開早いよ!
なんでそんなに迷いがないの?
それよりなんで家の所在知ってるの?

彼にぐいぐい引っ張られるようにして、家の門から玄関に向かう長い石畳を歩く。

その途中で、現協会長と擦れ違った。
まだ若い彼は有能ではあるが、時々こうして前協会長を訪ねては、勉強したり意見を請うたりするのだ。
まだ遠くを歩いているうちから2人の姿を認めた協会長は、一瞬雷が落ちてきたような激しく衝撃を受けた表情で固まった。
歩いて近付いてくうちは考え事をするようにうんうん唸っている声が聞こえたが、擦れ違うと、後ろの方で溜め息を吐いていた。

もしかして知り合い?とも思ったけど、村人とハンターが知り合う機会なんて殆どない。
ましてや真面目な彼は優姫のようにサボる事もないから、そんな機会は皆無なのだ。

ふと、ある重要なことを思い出した。

彼の名前を優姫はまだ知らないのだ。
さすがに娘がいきなり名前も知らない男と手を繋いで帰ってくるのは、あまりにも親不孝だろう。

「すみません、あの…あなたの名前は…」

家の扉に手を掛けた彼に問う。

「僕の名前?…ああ、まだ言っていなかったね」

彼は美しく微笑って答える。



「玖蘭枢」



く ら ん か な め ?



彼が扉を開ける。

タイミング良くそこに居合わせたお義父さんの、あの顔。
きっと私も同じ感情を持った表情だったのだろうけど。

「「っっあぁ―――っ!!!!!」」





彼こそが魔物達の主、この世界に於て絶大な権力を誇る魔王、玖蘭枢。

何だかよくわからない姿形をした魔物達の中で、彼だけが人間型(しかも稀に見る美貌)なのはどういう所以なのか。

いや、そんなことより、枢さんとお義父さんって知り合いだったの?
「あと10年は家に居ると思ってたのに、手が早いよ君〜(涙)」って、どういうこと?
「10年も平和が早く訪れたんですよ。よかったじゃないですか」って枢さん、超他人事…



とどつまり、優姫が"狩人協会長"の養子になった時から、同時に村人とハンター、魔物との平和を実現するため、魔王である枢さんと結婚して双方を取り持つようにと、仕組まれていたのだ。

のらりくらりのお義父さんに半ば謀られたというのは癪だけど、それでもこの宿命に感謝したい気持ちがあるのも、嘘じゃない。



繋いだ手を辿って、隣に立つ、愛しい魔王様を見上げる。

同じ色の瞳が、優しく微笑んだ。






そんなこんなで、2人は結ばれ村には平和が訪れたのでした。







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