●story●
□月夜に咲く
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「こんにちは、優姫」
「――…こんにちは…」
失礼します、とその場を足早に立ち去った。
胸が軋む。
今ではもう立場も身分も、違いすぎる。
もう昔のように、あなたの隣には並べない。
深く深く、暗い穴に、堕ちてしまった。
堕ちていく、堕ち続ける。
鳥のような翼はない。
手足を振回して、宿命に逆らおうとする姿は醜い。
あなたは、美しい。
相反するふたつが、相容れる事など、ない。
「本当に変わってしまったね…」
振り返って優姫の後ろ姿を見送る。
―――僕の気持ちは変わらない、優姫。
ふたりの出会いは、16年前。
両家とも裕福な家だった。
親同士が昔からの友達で、家族ぐるみの付き合いをしていた。
僕が二歳の誕生日を迎える少し前、雪の降る静かな夜に優姫が生まれた。
ふたりは本当に仲良しで、立ち上がるようになっても、言葉を発するようになっても、小学から中学へと上がっていっても、ずっと一緒だった。
体の違いが顕著になってくる頃、お互いがお互いに抱いた、微かな、でも確かな恋心。
惹かれ合うように寄り添い、幼いながらも若い約束を交わした。
それなのに。
ある日、君は突然姿を消した。
優姫の親の企業の経営が破綻し、一家は一夜にして全てを失った。
それが後から聞いた話。
企業の経営に対して横槍が入ったのは間違いなく、その上悪い噂まで立てられて。
行方の知れなくなってしまった彼等を、両親と共に僕もあらゆる手を使って探した。
その身を案じながら知らせを待つ毎日に、飛び込んだのは優姫の両親の訃報。
世の目から隠れるように息を潜めていた小さな屋敷を、逆賊に襲われ、殺された。
優姫もまた深手を負い瀕死の状態であったところを、助けられ一命を取り留めた。
病院のベッドの上で意識の戻らない優姫に、会った。
早くも目覚めてほしい、だけど
いつまでも眠っていてほしい。
目覚めて、残酷な現実を目の当たりにしたら君は、きっと狂ってしまう。
目を閉じたまま管と線に繋がれた優姫。
僕の中で悲しみと絶望、憎しみが渦巻いた。
数日後、優姫の目が覚めたと連絡を受けた。
だけど、優姫に会うことは叶わなかった。
優姫は、僕との面会を頑なに拒んだ。
そのうち優姫を血の海から助け出した人物の関係した企業の息子に見初められて、婚約が決まったという。
宿命に翻弄され続ける君を、幼いが故に助け出すことができなかった。
深く深く、堕ちてしまった君を、助け出すことが不可能だというのなら、
僕も堕ちよう。
深い場所で、君と出会えたなら、君はもう、孤独じゃない。