●story●
□約束を
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伝わる振動、揺れるリズム。
目を開いたら、窓の向こうに流れる景色。
「目が覚めた?」
その声に凭れ掛かっていた頭を持ち上げ隣を見上げると、髪を梳きながら優しく微笑む愛しいひと。
「ごめんなさい…私、いつの間に…」
「いいよ、気にしないで」
そう言って優しく微笑むから、私も微笑い返す。
愛しさが込み上げて、どうしようもなくて、その胸に顔を埋めた。
何時だって、何処にいたって、
あなたさえいれば、そこが私の居場所。
最近は私も随分周りの目を気にしないようになってしまって、例えここが鉄道の中だろうと構わず自分の想いに従う。
くっついて、その温度、甘い匂いに浸る。
気付けば、緩やかになっていく速度。
外にあるのは、見たことのない景色。
鉄道を下りて、今度は車で移動する。
長距離の移動になるからと枢は私の体を心配してたけど、ずっと眠っていたから楽なもので、近付く目的地に想いを馳せてわくわくする気持ちは大きくなっていく。
ふたりの約束が、果たされる時がくる。
車を下りて、少し歩く。
出発した場所は雪がちらつく寒い季節だったけれど、ここは春のように暖かい。
道端に小さな花が咲いて、木の上で小鳥がさえずる。
空はまだ明るい。
枢と手を繋いで歩いていると、本当にいろんなことを思い出す。
目の前に鮮明に浮かぶ記憶は、私のものか、枢のものか。
それすらもわからなくなるくらい、私達はいつも一緒だった。
あなたはいつでも私の手をとってくれた。
今も、そしてこれからも。
青い空が少しずつ朱みを帯びて、やがて夜の帳が下りるまでの黄昏時。
夜は冷えるからと、優しい手がショールを羽織らせる。
「行こうか、優姫」
朱色の光に照らされた枢が私に微笑む。
どこまでも美しく優しいひと。
もう、迷う事なんて何もない。
私の選択肢は枢、あなたは私の唯一だから。
応えるように微笑みかけて、
その手をとった。
広い庭、動物も草木も眠る。
その中で輝くそれは、遂に果たされた約束の花。
「―――…きれい…」
口から零れたのは唯一言。
後はただ、涙が溢れて止まらなかった。
十年の月日を何度も見送って、最愛のひとの隣に立つ。
静かに涙を落とす私をあなたはそっと、それでも力強く、包んでくれた。
私との約束をあなたが違えたことなど、
一度もない。
屋敷に帰り暖炉に火を焚き付けて、ソファーに並んで座る。
ここのところ枢は忙しくしてたし、私は体調のことがあって2人でゆっくりすることなんてできなかったから、こうやって寄り添っていられるだけで、なんだかすごく嬉しい。
「ねぇ、枢」
「なに?」
「あなたが私にくれるのは幸せばっかりね」
ポツリと呟くと、あなたの唇が落ちてきた。
挨拶のように幾度も繰り返した行為。
だけどやっぱり、それは特別な意味を含んでいて。
同じ気持ちだと、愛していると。
「ありがとう…優姫」
長い長い時を、愛する自信がある。
いとしいひと。
そして私達は、新しい約束を交わす。
私の中に育む小さな命。
それを守り抜き、今度は家族で、この場所に来ることを。