○story○

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戸惑いと疑問に支配されて、その少年を見つめたまま、暫く固まっていた。

深く被ったマントの奥で、くすっと笑う声が聞こえて、我にかえる。



「…あ、の」

声を出すのは久しぶり…
ちゃんと届いてる?

覗き込む私に応えるように、マントを取ると、にこ、と微笑む彼は、

無邪気な少年のようで、どこか艶めいた、儚さを湛えたような、不思議な印象を与える。

軽くクセのある、漆黒の髪、
傷も、傷跡の一つもない綺麗な白い肌、
光を集めて反射する、深い瞳―――――



人間って、こんなに美しいものだった?

記憶を探ろうとしても、遥か彼方に追いやってしまったそれには濃い霧がかかっていて、よく見えなくて。


「魔女は、この花が好きなんでしょう?」

その手には、深紅のバラの花。





「君を、探していたんだ」

それは、とても、不思議な響きで。














深い森の奥、濃い霧の中を、ひとり人間の住む街まで追い返す訳にもいかず、とりあえず体を温めるようにと、家の中に入れた。



十歳そこらの子どもを相手に、警戒する事はないだろう。

そう言い訳して、自分を落ち着かせた。



暖炉に、初めて薪をくべて、火を付けた。

身を裂くような寒さにも凍えることを知らない体。

けれど、そんな体に感じる、ふんわりと広がっていく温度は、確かに心地良いもので。





彼が持って来た花を水に挿し窓辺に置いて、私も椅子に座る。

暖炉の前で黙って火を見つめていた彼を、私も目を離さないで見ていた。





ずいぶんと長いような時間が経って、彼はぽつり、ぽつりと、自分のことについて話し始めた。



生い立ちは不明。
親の顔を知らないということ。

施設や里親を転々としてきたということ。

この森に程近い街の施設にやって来て聞いた"お伽話"。

その話に出てくる"魔女"。

興味を抱いて調べると、魔女の住む森が目の前のこの森だということを知った。

実在するかもわからない、魔女に会いたい。

想いは日に日に大きくなっていった。

そのうち、また別の施設に行かなければならないと噂で聞いた。

そして、決行した"家出"。



「もう、嫌だった……

大人の利害に振り回されるのも、何度味わっても慣れることのない孤独を味わうのも…

…だから、逃げて来た」



火を見つめながら、淡々と話す少年。

私はそれを静かに聞いていた。

この森は"逃げ場所"として相応しくない、別の場所に行きなさい、と彼を諭すべきなんだと思った。

けれど、彼の境遇がかなしくて、言葉が出なかった。



「僕には帰る場所がないんだ。だから、森の魔女さん、僕をここに置いて?」



彼が私に向ける、弱々しく、"守ってあげたい"と思わせる瞳。

けれど反論を許さない強さを持つ瞳。



彼の辛い過去も、その想いも、そして、私自身の感情も無視できなくて。

「…うん」

少しの間の後、首を縦に振った。





それを聞いて驚いたように一瞬目を見張り、それからゆるゆる頬を緩ませて喜ぶ彼は、とても可愛くて。

私の頬も自然に緩む。

緊張の糸が切れたのか、疲れが押し寄せてきたようで、彼の頭がぐらりと傾く。



この家に一枚しかないブランケットを掛けてやって、私も暖炉の前に移動し、椅子に座ったまま眠りに就いた。












気付かなかった。

私の中に芽吹いた、単純には済まない感情になんて。








思ってたの。

きっと若い君は、すぐに飽きてしまう。

繰り返される時間の止まったも同じ灰色の毎日に。



私にとって全ては過ぎ去るもの。



そう、それは君も、例外ではないの。











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