○story○

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バラの花が枯れてしまった。

あの子が持ってきた深紅のバラ。



鬱蒼とした森はあらゆる鮮やかなものからかけ離れていて、だからその深い紅に惹かれ、気に入っていたのに。

短い命を、それでも美しく輝かせる姿は私とは対照的。



柔らかいそれに指で触れれば、散る花片。

それすらも美しいなんて。





カタ、と近くで音がする。

体が反射的に反応する。

自分以外が起てる音に、まだ慣れなくて。





「大丈夫だよ、貸して?」

クス…と、いつものように控えめに笑って、茎だけが辛うじて緑色を保つそれを持ち、戸口に向かう。

"大丈夫"の意味がよくわからなくて、彼に付いて私も外に出た。



土をいじる彼を、隣に座り込んで見つめる。

日当たりの良さそうな場所を選んで、そこに葉を二、三枚残し短く切った花の茎を挿す。

そのうちそれは根を張って、また花を咲かせるという。



ちゃんとお世話してあげないとね、

私を見て、またいつものように微笑った。





















「おはよう」



久しぶりに天気が良く、窓から差す陽光が眩しくて目が覚めた。



どれくらいの時が経ったのか。

私にはよくわからない。



二、三日あるいはそれ以上、眠り続けては目覚めを繰り返しているから。

明確に変わったのは彼。



見下ろす高さにあった彼の旋毛が何時からか見えなくなって、目線が揃ったかと思うと、次に気付いた時にはその体は私より一回りも二回りも大きくなっていた。

落ち着きはあっても高く幼いあの声は、低く心臓の辺りに響く声に変わった。

人間の成長は驚くほど速い。





「…おはよう」



寝起きの、掠れる小さな声で返事をする。












私たちは同じ場所で同じ時を共有しながら、けれど言葉は殆ど交わさない。



一緒に過ごすうちに彼のことは、知らない所が無いと言っても過言でないほど、よく知った。

考え事をしている時のちょっとした癖も。



彼も私に対して、たぶん同じ。







穏やかに過ぎていく時間。

誰かと長い時を共に過ごすことは、私にとって耐え難い苦痛だった。

だからこそ、ここでひとりで暮らすことを決めたのだけれど。

今は、こういうのも悪くないと思っている自分を、自覚している。





―――…ただ、

彼が随分大きくなったのに気付いた時から、それまでとは違う、何か不快なものが、胸に埋まっている。



鉛が何処からか落ちてきて、降り積もって、日に日に重くなっていく。

―――――くるしい。





考えて辿り着いたのは、ひとつの可能性。





待ちわびていた時が、私にも、遂に。



"その時"が来たのだろうか―――…

























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