○story○
□春
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あなたが私の髪を梳く。
私を見つめるその瞳は深くて、優しくて。
言葉を交わすでもなくただこうしてふたり、白いソファーに座って寄り添っていられるこの時が、幸せ。
ある暖かい日の午後。
色硝子で、朱い薔薇の花を丁寧に模したサイドテーブルには、香りの良いアールグレイのミルクティー。
窓辺には、柔らかな弧を描く鬱金香。
開け放った窓から届く水の流れる音が、暖かい季節の訪れを告げる。
誰にも知られる事の無い、山の向こうの森の奥の、もっと奥。
永い永い時の中の一瞬一瞬を、噛み締めて、積み重ねて。
ふたりきり、確かな温もりをその絡めた指に感じながら、目を閉じる。