long・(水+阿+巣)→栄


□金魚とピラニア
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………阿部………



雷が鳴ってた。

雨は降りやまず、俺たちを閉じ込めた。




春休み最後の日は雨だった。



雷とともに降りだした雨に、慌ててグラ整の道具やら草むしりの道具やらを抱えて用具室に駆け込んだ。

外野にいた栄口はひどく濡れていた。


「あーあ、びしょ濡れだよ。なんか拭くもの持ってない?」

「タオル、ベンチの中」

「この雨の中、取りに行くには根性いるね」


水気を飛ばそうと栄口はブルブル頭を振った。
湿った用具室の匂いに混じる、あいつの髪の甘い香り。
濡れて張り付いて服に透けた肌は、いやになまめいて見えた。


「……っ、これで拭けよ」


俺は上に着ていた長袖のTシャツを脱いで栄口に差し出した。
マウンドに土を盛っていた俺は、栄口ほどは濡れていなかったから。


「え、でも……。それじゃ阿部が寒くない?」

「いいから拭けって。風邪ひくぞ」

「……うん。ありがとう」


「阿部の匂いがする」と続けられて、頬が熱くなった。


時おり雷鳴が轟いて、雨は激しさをましていくばかりだった。




「はい、ありがとう」


丁寧に畳まれた服を受け取ろうとして手が重なった。


「おまっ、なんだよ、この手の冷たさは。震えてるじゃねぇかっ」

「へ、平気。大丈夫だよ」

「そんな顔色して、平気とか言うな!脱げ、その濡れちまって役にたたない服」



無理やり服を脱がすと、現れたのは日に焼けていない白い肌。
浮いた鎖骨が綺麗で、なんだか息が苦しくなった。


「阿部……?どうかした?」


戸惑う声に視線を外した。


「……俺、タオル取ってくる」

「ダメだよ。雷鳴ってるんだよ。雨だってさっきより強くなってる」

「お前をそのままにしておけるかよ」


いつも優しい微笑みを形作る唇が青くなっているのに。


「ダメだって」

「すぐ戻るから」

「一人で行くなってば!」


すがるように腕を取られて、潤んだ瞳に見つめられた。

頼りなげな肩を抱き寄せてぬくもりを分け与えるほか、俺に何ができたんだ。




「……好きだ」



掠れた呟きは雷鳴に消され、聞き返されることはなかったけどーー。


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