long・(水+阿+巣)→栄


□鬼と白玉 2
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side 水谷

* * *

試験前恒例の勉強会。


「次の英文に合うことわざを選びなさい?」


問題を読みあげたところで手を止めた。

なんで英語勉強しててことわざが出てくんの?

取りあえず、花井〜と、部内一英語ができる男を呼ぶ。


「ちょっと待て。今手ぇ離せなねぇ」


あー、田島に掛かりきりになってるなら仕方ないか。

諦めて自力で解こうしたとき、


「どこが分からないの?」


耳元で優しい声がした。


さっきまで三橋に古典を教えていたはずの栄口が俺の隣に屈んで手元のプリントを覗き込む。

柔らかい髪が微かに頬に触れ、鼻腔をくすぐるように甘い香りがした。


(シャンプー?栄口、ムースとかつけてたっけ?)


「水谷?どの問題が分からないの?」


重ねて問われてプリントの設問を指で指す。


「え、あ、これ…問三の(1)」

「ああ、これなら俺にも分かるよ」


ストンと俺の隣に座った栄口がゆっくりと英文を読みあげる。


「The early bird gets the worm……」


特別発音がいいというわけじゃないけど、澄んだ声は耳に心地よい。


「日本語なら『早起きは三文の徳』だね」

「……俺、そのことわざ嫌い」

「水谷、朝弱いもんなー」って笑う栄口。


違うよ。いや、確かに朝は弱いけど。可能な限り寝ておきたいタイプだけど。


ーー早起きなんてしても、イイコトなんてなかったよ、栄口。




テスト習慣に入る前の最後の部活の朝練。

俺としては珍しく、集合時間よりだいぶ早めにグラウンドに行ったんだ。

しばらく部活禁止で栄口と会える時間が減っちゃうし、
いっつも早くから来て朝練の準備をしている栄口を手伝って、
あわよくば「一緒に試験勉強しない?」って誘ってみようって。



肌寒い秋の早朝。

夜は明けたものの薄暗さの残る中、黄金色に染まった大きな銀杏の木の向こうに近づいてくる人影。


「さか…っ」


茶色の頭の隣に見えるツンツンした黒髪に呼びかけの声を止めた。

阿部と栄口の家は同じ方向にあって、よく登校途中で一緒になるっては聞いていたけど。

でも、二人で手を繋いで人気のない道を歩く仲だなんて思いもしなかった。

身を縮めるようにして、用具室の後ろに移動した。

物陰からこっそりと見た二人は楽しそうに笑いながら話をしてて、
クラスでも部活でも無愛想な阿部が信じられないくらい穏やかな顔をしていた。


阿部が栄口の耳元に唇を寄せる。


――誰もいないのに、どうしてそんな内緒話みたいなことをするの?


普通に話せばいいのに。

まるで阿部が栄口の耳にキスしてるみたいに見えて、胸の中がモヤモヤした。

栄口はくすぐったいのか肩をすくめてたけど、嫌がるそぶりは見せずに、ただ頬を染めて……。

やがて耳元から唇を離した阿部に、まぁるい額にかかる短い前髪を払われると、ふわっと風に舞う紅葉のように笑ってみせた。

それから二人は互いの額をコツンと合わせると、嬉しくって堪んないって顔して笑い合ってた。



これ以上ないくらい幸せそうな栄口。



今まで見た中で、一番綺麗で一番胸が痛くなる笑顔に、早起きなんてするんじゃなかったと死ぬほど後悔した。


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