long・(水+阿+巣)→栄


□I'll steal your heart. 5
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イヤな感じがしたんだ。

昼休み、阿部と一緒に部室へと向かう背中を見送ったとき。



遠くに。

今よりもずっと、もっと遠くに君が行ってしまいそうな、そんな気がして。



引き留める力がない俺はただ、腑抜けた顔で笑うだけだった。






部室のドアを開けると、目に入ったのは膝を抱えてうずくまってる栄口と、傍らに置かれた救急箱。


「栄口、大丈夫!?気分悪いの?どこか怪我した?」


駆け寄ると泣き濡れた目で俺を見上げて、伸ばされた手を避けるように身を縮めた。


「なんでもない、大丈夫だから」


目もとをグイっと拭って涙声で言われても説得力ない。


「血が………」


上から見るとよく分かる、鎖骨の上に噛まれた後。歯形に血が滲んでる。

ばっと手でシャツを押さえて隠そうとするけど、栄口がつけてた赤い痕なら朝練の時から気づいてたよ。

あのときは噛み痕はなかったし、うなじにそんなに目立つ赤い印はなかったけど。


「阿部に……」


なにかされたの?

出かかった言葉を飲み込む。

栄口の衣服に乱れはないし、無理やり乱暴されたわけじゃないだろう。

『何か』はあったには間違いないだろうけど。


あぁ、そんな顔しないで。

泣かないで。

俺は栄口を追い詰めたりしないから。


「阿部が……栄口と一緒に帰って来なかったから、探してたんだ」


阿部と教室を出ようとする栄口に、後でまた教室に寄ってって言ったら、「いいよ」って言ってたのに、戻ってきたのは阿部一人で。

「栄口は?」って聞いたら「1組に戻った」って返事だったけど、栄口は言伝もなく約束を破たりしない。

ビリビリと触れたら感電しそうな様子の阿部以上に栄口のことが気になって。

それでも一応、1組を覗いて、トイレも見てから部室へと急いだ。


(ここで、一人で泣いてたの?)


俺は栄口の隣にそっと腰をおろした。いつもは肩が触れそうなほどくっついて座るけど、今日は慎重に距離を測った。

俺が、栄口にギリギリ近づけるライン。


「水谷、俺……」


何か言いたそうな、でも言えないでいる栄口。


「無理に話そうとしなくていいよ。俺は何も聞かないから。でも、もし話したほうが楽になんなら話しちゃって。誰にも何も言わないって約束する」

「……」


なるべく穏やかに刺激しないように話したけど、栄口は頭を振って膝の上に組んだ手に顔を伏せてしまった。


「怪我してるみたいだから、消毒しとこうか?救急箱取ってきただけで、手当てはまだなんだろ?――蓋を開けたら最後、しばらく充満してるあのキョーレツな正露丸の匂いがしてないよ」


大丈夫だよ、栄口。

ここにいるのは能天気にへらへら笑う水谷だから。


「ナース水谷がしみないように消毒してあげるから。まかせときな、お医者さんごっこはお手のモンだよ」


……少しは笑ってくれないかな。

お医者さんごっこでナース役してたのかよっとかさ。

それでも少しは気持ちが解れたみたいで、栄口は重い口を開き始めた。


「……阿部が……」


顔を覆ったまま話す栄口の声は、普段のやわらかさはなく、くぐくもって聞こえるばかりだ。


「て、手当てしてやるって救急箱持ってきたけど……」

「うん」

「俺……、触るなって言って、手……払いのけて…っ」


それは仕方がない、というか当たり前なんじゃないかな。

噛まれたりした後なんだから。

俺が手を伸ばしたときも栄口、怯えてたし。


「阿部は哀しそうな、どっか痛いみたいな顔してた。どうしよう、俺っ、きっとすっごく傷つけた。阿部、何も言わずに出て行った……」


それは阿部の自業自得だよ。

栄口がそんなふうに、自分を責めることはないんだ。


言いたいことたくさんあるけど、俺は黙って話を聞いた。





俺は阿部とは違うから、


ズキズキと心臓が痛んでも、笑って栄口の側にいるよ。


栄口が泣くのが分かっているから、友達以上を求めはしない。

栄口の笑顔が見られたらそれでいいんだ。





だって、俺は君が好きだから。


 
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