treasure(捧げもの)


□君に降る雪
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呼び出された図書室には栄口以外の人影はなかった。


「誰もいないんだ…?」


背の高い本棚に囲まれた空間をぐるりと見渡す。暖房はかかっているけど、なんとなく肌寒い。

どんよりと曇った空には低い雲が垂れ込め、雪が斜めに降っている。

自由登校になってから久しぶりの登校日がこの寒さだなんて、ついてないにもほどがある。


(体育館で卒業式の練習してるときなんて震えが止まんなかったよ)


クラスメイトたちは(もうすぐ元クラスメイト、だ)式の練習とロングホームルームだけの時間割りを終えると、おしゃべりもそこそこに下校していった。

早くどっちかの家に行って暖めあいたいなぁって、小難しい本のタイトルを眺めながら俺は切実に思っていた。


「司書さん、本屋さんに選書に行ってるんだ。もう一度読みたい本があるからって鍵を借りた」

「ふぅん」


そういえば栄口は3年間図書委員だった。真面目でよく気がつく栄口は司書さんの覚えもめでたいに違いない。

話したいことがあると言って呼び出したわりにはなかなか口を開かない栄口を従えるようにして、図書室の奥へ奥へと足を進める。


「なんかお薦めの本てある?」


いろんな色の背表紙を指で辿りながら訊くと「最近、本読んでないんだ」と栄口。


「受験勉強で読書どころじゃなかったよねぇ。ーーあ、この本、中学の図書室にもあった。栄口、読んだことある?」

「タイトルは知ってるけど、読んだことはない。ーー水谷、話があるんだ」

「うん?ーー寒い?栄口、顔色悪いよ」

「大丈夫、寒くないよ。ーー聞いて、水谷、大事な話なんだ」





うん、聞くよ。

栄口の話ならなんだって。

思い詰めた目をして、どうしたの?


(大丈夫じゃないときは、大丈夫なんて言わなくていいって何回言えば分かるんだろう)


泣きそうな顔で笑ってること、自分じゃ気づいてないのかな。


ここに俺がいるのに、笑ってよ。


ふにゃんと誘い掛けるように笑うと、いつもはふわりとした微笑みを返してくれるのに、今日は困ったように眉を下げて笑った。




ーー笑った瞳の奥で、泣いている栄口。


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