treasure(捧げもの)


□Stay with me
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「俺たちもう別れよう」


悩みに悩んで口にした言葉なのに、水谷は一瞬きょとんとした顔を見せると、すぐにいつものあのふにゃんとした笑顔を見せた。


「へ、なんで?栄口、俺のこと嫌いになったんじゃないないよね?ーー俺のこと好きって匂いしてるし。変な冗談言わないでよぉ」


くん、と首筋の匂いを嗅がれてカッとなった。俺の気も知らないでふざけんな。

俺が一体どんな想いで別れを切り出したと思っているんだ。


「冗談言ってんのはそっちだろ、匂い、なんてするわけ……っ」

「してるよぉ。俺には分かるの」


そう言ってぎゅって抱き締められて、水谷の匂いに包まれる。


どうしたの?俺は栄口が大好きだよって、俺に伝えてくる水谷の、匂い。


その慣れ親しんだ匂いから逃れるように、強く水谷の胸を押し返す。


「いつまでも、こんなこと続けている訳にいかないだろ」

「え、なんで?俺は栄口が好きで、栄口も俺のこと好きなんでしょ?ぎゅってしてなにが悪いの?」

「ーーっ、だから、だよ。お前のこと好きだから、俺のせいでお前の将来を台無しにしたくない」

「なに言ってるの?栄口」


訳が分からないって顔の水谷にイライラする。俺はお前の将来のこと大事に思ってるのに。


「大学、行けよ。お前が進学先変えたの、俺のせいだろ」


自分でも驚くほど圧し殺した声が出たけど、水谷は相変わらずフニャフニャと笑ってる。


「ああ、そのこと!ーーん?なんで俺が大学行かないのが栄口のせいなの?」

「せっかく受かった大学行かないで、俺の進学する大学の近くの専門学校行くことにしたのって、俺と離れたくないからだろ」


自意識過剰でもなんでもなく、それは真実だと俺は確信している。

俺たちの関係を続けるために、お前が進路を変える必要なんてないんだ。

俺はお前の枷になりたくない。

俺なんか捨てて、自由に羽ばたいて欲しいんだ。


「ん、ん、んん〜?それは別に栄口の"せい"じゃないよ?俺が栄口と離れたくないって思ってるのも、栄口の傍にいようとするのも、ぜーんぶ俺自身のためだから」


上目使いで、ごめんねぇ、俺って空気読めない上に自己チューで、って言われて返す言葉を無くす。


「だって、俺、栄口の傍にいないとダメなんだもん。栄口の笑った顔、一番近くで見てないと幸せになれないんだもん」


「そっな、こと……」


優しく腰を引き寄せられて、もう一度水谷の腕の中、ぎゅっと抱き締められて温もりに泣きそうになった。


「本当だよ。この腕の中で栄口が笑ってくれるとき、俺は世界で一番幸せなヤツなんだ」


そう言ってとっておきの笑顔を見せると、唇でそっと溢れ落ちる寸前の涙を吸いとってくれた。


「反対にね、栄口に泣かれると、俺まで哀しくなって、泣きたくなる……」

「ふっ、みず、たに……」

「えぇ〜、泣き笑いでくるぅ?笑ってるってことは哀しくはないんだよねぇ。栄口は泣き顔も可愛いから正直に言うとときどき困っちゃうんだよぉ」

「ばか」


バカみたいに優しい水谷に甘えられて、甘やかされて、どんどん俺はダメになって。

でも、そんな自分は嫌いじゃなくて。

水谷は俺に一人で頑張らなくってもいいってことを教えてくれた。

一人ではできないことも二人でならできるって、とても単純で大切なことだった。


ーー俺は水谷と別れたいわけじゃない。


「あのね、俺は別に絶対大学に行きたい訳じゃなかったんだ。まぁ、親も学費の心配はするなって言ってくれるし、周りの奴等も大学行くし、って程度で。好きな分野の知識を増やして、それを将来に役立てることができるんなら、大学でも専門学校でもよくて」


だって、一緒に受験勉強したじゃないか。専門学校に進むつもりなら、もっと早くに決めてたはずだ。


「そりゃ、できるなら栄口と同じ大学に通いたかったけど」


頭のデキが違ったんだからしょうがないよねぇ、って何故だか慰めるみたいに俺の頭をよしよしって撫でる水谷は、バカみたいに優しいのか、優しいだけのバカなのか。


「俺は栄口より早く社会に出て、カッコいい大人になるから、俺が就職したら一緒に暮らそ?ーーそれで、栄口が大学卒業して就職して三年たったら、籍入れよう」

「な、に…言ってーー」

「五年後に結婚しようって言ってるんだけど」


正しくは養子縁組だけどねって、そんなのそれこそ夢物語だろ。


「あぁ〜、また泣きそうになってる〜。俺が栄口文貴になってもいいけど、できたら水谷勇人になってくれたら俺は宇宙一幸せなヤツになれるんだけど」

ぎゅうぎゅうに抱き締めてくる水谷の腕の中、「ムリだよ」って、泣きながら笑う。




ああ、できるなら、もっと綺麗に笑ってやりたいのに。






ーー俺が……水谷勇人が宇宙で一番幸せなヤツになるから、お前は二番目で我慢しとけ。




幸福な涙とともに告げると、水谷は満足げに笑ってキスしてくれた。







* * *

フニャフニャしてるけど、決めるときは決める男、水谷文貴!

ーーに、なっていますかね?


どうしても、前作『君に降る雪』ではリクに応えられた気がしなくて、ゼロイチ様はあのお話を快く受け取ってくださったのですが、百花の勝手で書き直させていただきました。

改めて、"瞬間交差点"ゼロイチ様に相互記念として捧げる"カッコいい水谷と可愛い栄口くん"です。

ゼロイチ様、初っぱなからご迷惑をおかけしましたが、これからも暖かい目でおつきあいください。

 


 

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