treasure(捧げもの)


□幸いなるかな天なる水
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「あべぇ、早くぅ」

「もうすぐだから…、ちょっと待てって」

「やぁだ、がまんできない……」


火照った体を押し付けてねだってくる栄口。


「『強いて請う』って書いて、『強請る』だよ。日本語は奥深いね」と俺に教えたのは誰あろう栄口だ。

未来の国語の先生がこんなおねだりしていいのかよ。

ぴっとりとくっついて「早くちょうだい」って耳元で熱っぽく言われたら、とてもいつもどおりになんてコトを運べやしない。

ドクンと鼓動が跳ねて、握っていたものに変な揺れが伝わった。


いけね、溢れちまう。


「あべぇ、ちゃんと……美味しいの、飲ませて」


くそ。なに動揺してんだ俺は。

括れの部分を持ち直し、慎重に角度を測って、もう一度トライする。


「も、俺…、待てない。早く…欲しいよぉ」


抱きつく腕に力を込めて、ゆらゆらと体を揺らしてせがむ様子はまるっきり子どもで。

たまのわがままぐらい聞いてやりてぇけど、今夜の栄口は色っぽすぎて可愛らしすぎて、あえて不機嫌な声を出して衝動を誤魔化そうと試みる。


「お前さぁ…、自分がどんな状態か分かってんの? 」


なぁに、なんのこと?って滑らかな頬が擦り寄せられる。


「もう充分足りてんじゃね?これ以上は明日どうなっても知らねーぞ」


途端、首が勢いよく横に振られた。


「やだ、全然足りてないっ。阿部のが飲みたい!――いっつもいれてくれるのに、なんで今日はダメなの?」

「や、いつもより盛り上がってただろ、お前。もう許容範囲越えてるって」

「そんなことないもん。まだ大丈夫なのに、阿部のいじわる。――も、自分でいれる」

「ちょ、待てっ。分かったから、手離せって。勝手にいれんな!」


俺の手に手を重ねて、無理矢理主導権を奪おうとする栄口を慌てて制す。


「すぐいれてやっから、おとなしくしてろって」

「ホントに?」

「……あぁ」

「ふふ、阿部のが一番おいしいんだぁ。大好きぃ」


耳をくすぐる吐息交じりの甘え声に酔っちまいそうだ。








酔っ払いはお前だけで十分だってのに。







「おら、できたぞ、カルピスサワー」

「わぁい、ありがとう〜」


背中にピタリとくっついて、俺の肩に顎を乗せたまま栄口は嬉しそうな声を上げた。




ことの起こりは数分前――。




「たらいま〜。ゆーとサマのお帰りだぞ〜」って上機嫌で帰って来た栄口。

玄関先で出迎えた俺の首に手を回して抱きついて「あべぇ、カルピスサワー作ってぇ」ときたもんだ。


「おまっ、今日サークルの飲み会だったんだろ。店で飲んでこいよ」


しごく尤もな俺の言い分に対する栄口の答えはというと――


「注文したけど、ものスッッゴク美味しくないのが出てきたんだよぉ。アルコールもカルピスもほとんど入ってないの!あんなのじゃ俺、酔えないよぉ」


――って、お前、十分酔ってるじゃねぇか。

立派な酔っ払いが何を言うか。


「でね、阿部のいれてくれるカルピスサワーが飲みたくなって、一次会で帰って来たの。ねー、えらい?」

「あー、えらいえらい」

「へへ、ほめられた〜」


一次会でこんだけ出来上がってたら、二次会は無理だろ。


心の中でため息をついて、抱きついたまま離れようとしない栄口を引きずって歩き出した。


「あべぇ?キッチンそっちじゃないよー。早くカルピスサワー作って〜」

「――今日はもう飲むの止めとけ」

「やぁだ、やだやだ。飲むぅ。阿部のが飲みたい!」

「つ、く、首…絞めんな…っ」

「飲ませてよぉ、阿部の美味しいヤツ」


聞きようによってはかなりエロい、腰にくる台詞を吐く栄口に逆らえず、俺はキッチンに立ったのだったーー。




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