treasure(捧げもの)
□Overtime work
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このお話は相互サイト"都市計画"の海都さまの社会人パラレル『シグナル』の設定をお借りして書かせていただきました。
超簡単な設定説明。
〜〜高校時代つき合っていたけど、別れてしまった、栄口くんと水谷。
10年の月日を越えて出会った二人は、同じ会社の上司と部下になっていました。〜〜
百花のお話を読む前に、ぜひ"都市計画"さまで本編をお読みください。
すごくステキなお話です。
* * *
「さかっ…、と、主任!」
薄暗い廊下の自販機の前に栄口がいる。
迷わず笑顔で片駆け寄った水谷だが次の瞬間眉を潜めた。
「また残業?ーーですか、こんな時間まで……」
もうすぐ時計の針は11時を差そうとしている。仕事以外でこんな時間に社内にいるわけがないのだがーー。
確か昨日も、いや、一昨日も、残業するって言っていたけど、連日こんな時間まで残っていた訳じゃないよな。
そういえばここのところ定時に帰る姿を見たことがない気がする。
じっと見つめるとふっと視線が逸らされたけど、栄口の顔色が悪いのは照明のせいばかりではないだろう。
疲れの滲んだ顔にクマができていた。
眠気覚ましにコーヒーでも買いに来たのかと思えば、栄口の手に握られているのはドリンク剤の瓶だった。
「お前こそ、今日は直帰じゃなかったのか」
ドリンク剤の蓋を明け、喉をそらしてあおるように飲む栄口の姿に、何故かドキンとした。
「っ、俺はーー、明日の朝イチのプレゼンの資料忘れてーー」
「ああ、あの企画の……。あれは画期なアプローチでお前らしい印象的なプレゼンに仕上がってるな。お前なら取れるだろうけど、気を抜かずに頑張れよ」
じわり、涙が出そうになった。
妥協を許さない厳しさと、努力には賛辞を惜しまない姿勢は昔から変わっていない
そして、自分を犠牲にしても周りの人間のために動こうとする優しさも。
「明日、頑張ります。ーーけど、さか…主任は頑張りすぎ、じゃないですか。やっぱ、内藤の分の仕事までこなすのキツイんじゃ……」
第二子を妊娠中の奥さんがひどい悪阻で入院して、上の子の面倒もみないといけないから、残業と出張を免除して欲しいと水谷の2年後輩の内藤が申し出たのは先々週のことだ。
同情はするが繁忙期に差し掛かろうとするこの時期にそれはないだろう、と非難の声が上がる前に、笑顔で仕事は俺が引き受けるから、奥さんを労って安心して元気な子が産めるようにしてやれ、と言ったのは栄口だった。
(あのときの栄口の笑顔、ちょっと哀しそうだった)
「さかっ、主任はっ、」
「ーーいいよ、栄口で。何度も言い直されると却って気になる」
「いいの?さかえぐち」
軽く頷いて、残りのドリンク剤を飲み干す栄口。
去年より一ヶ月前倒しで始まったクールビズのため、首もとにいつもはきっちりと閉められている企業戦士の証しのネクタイはない。
上下する喉仏とか、けだるげな様子に劣情をそそられた。
(なに考えてんだよ、俺。栄口はクタクタになるまで働いてるってのにっ)
ぶんぶんと頭を振ると、栄口がどうしたんだと目で問いかけてきた。
「そ、それ、うまい?」
慌てて栄口の手にしているドリンク剤を指差した。
「と、ときどき飲んでるよねっ」
「うまいっていうか、ーー気分の問題かな。ドリンク剤なんて飲むようになるとは思わなかったけど、俺もオヤジになったってことか……」
「栄口はオヤジになんかなってないよ!今もあの頃と変わらない。ずっと、可愛いまんまだよ…っ」
力説する水谷の前で血色の悪かった頬がみるみる赤くなっていった。
ほら、そんなとこが昔とちっとも変わっていない。
かわいくって、いとおしい栄口のまんまじゃん、と思ったが口には出さずにおいた。
水谷も大人になって多少は空気が読めるようになったのである。
「っ、お前…」
「あ、あの頃は、プロテインとか飲んでたよね、俺たち。確かにドリンク剤のお世話になる必要なんかなかったな、はは。田島なんか飲んだら大変だ。そういえば、知ってる?栄口が好きだった、はちみつレモンサイダー、復刻発売されるんだって」
あ、やば怒られる、と水谷があたふたと話を続けると栄口がぷっと吹き出した。
「まったく…お前こそ変わらないな」
「そうかな?」
だったら、俺らも復刻ならぬ復活しちやう?と言いたくなったけどやっぱり黙っておいた。
それじゃあ、自分の気持ちばっか押し付けてたあの頃となにも変わらない気がして。
変わったもの、変わらないもの、全部栄口にみて欲しいと思うのは、自分のわがままなんだろうか。
「栄口、俺、仕事手伝うよ?」
「いいから、お前は早く帰って寝ろ。明日寝不足の顔してクライアントの前に出るなんて許さないからな」
「でもっ、」
自分の倍働いて疲れている栄口を置いて帰ることなんてできない。
何より栄口と呼ばせてくれて、屈託のない笑顔を見せてくれたのに。
(もっと栄口と居たいよ)
「お前の顔はプレゼンの最強の武器なんだから、クマなんてつけていくなよ」
「ひど、俺の取り柄って顔だけなの?」
情けない顔をして見せた水谷に栄口は違うよ、と優しい声でいった。
「お前がその商品がすごく好きで、どこが一番気に入っているのか、顔を見るだけで伝わってくるんだよ。
商品を一番愛してて、理解しているヤツが持ってくる企画だから、説得力があるんだ。
時と場合にもよるけど、感情が素直に現れるお前の顔って、ある意味最強の武器なんだよ」
少し高めの耳に心地いいトーンに10年前へと時間が巻き戻されていくような気がした。
「さかえぐち……」
指先でそっと触れた頬は、少年の時のままの柔らかをもっていた。
瞳、逸らさないで。
見つめさせて。
見つめていて。
俺の顔が素直に想いを伝える最強の武器だというなら、せめてあと5秒でいいから。
1…2…3…4… 、……5ーーーーー
「……っ、」
逸らされることなく見つめ返してきた茶色の瞳にぶわっと涙が浮かんだのを認めた刹那、水谷は栄口を抱き締めていた。
「みず…っ」
拒絶の言葉を聞きたくなくて、唇に唇を押しつけたーー。
* * *
職場でドリンク剤を飲んでるときにふと浮かんだ、栄口主任と水谷のお話。
勝手に書いて押し売り。
海都さん、快く受け取ってくれてありがとう。
→オマケ
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