treasure(捧げもの)


□Would you like something to drink?
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秋も深まりつつある帰り道。

金木犀の甘い香りはするけど、あのオレンジ色のちっちゃな花は闇に紛れて見えやしない。

ほんの一月前まではまだ明るかった時間帯なのに、今はもう天空で新月が冴えた光を放っていた。

それに……シャツ一枚ではなんだか肌寒い。ブルっと身震いした俺に気づいたのか、

「温かいもんでも飲みながら帰ろうぜ」

って阿部に誘われて自販機のある公園へ。

コインを投入してボタンを押して、ガコンと出てきた缶を取り出した。


「あ…、やっちゃった」

「なに?」


呟きを拾った阿部が後から顔を寄せてきて手元を覗き込む。


「"あたたかい"と"つめたい"間違えて押しちゃった」

「ドジ」


低い声とともに耳に息が掛かってドキリとする。


「うるさいなー」


気恥ずかしさを隠すため言い返したら、


「ま、そうゆーとこも好きだけど?」

「っ、」


しれっと言われて頬が熱くなる。


(ベッドの上でだってめったに吐かない台詞をどうしてこんなときに、何でもないことのように言ってくるんだよ)


阿部はそれ以上何も言わずに俺から離れると、自販機のボタンを押した。

自販機の光に照らされた顔は普段通りのものだ。

なんかちょっと悔しいけど、阿部からの「好き」に慣れていないんだから仕方がない。


「免疫がたりないんだよ……」


思わず呟くと「なにブツクサ言ってんだ」と阿部が自販機から取り出した缶を目の前に突きつけてきた。


「珍しいね、阿部もミルクティー?」

「ばか、ちげーよ」


ドジとかバカとか言われてムッとする。

公園に誘われたとき、甘い期待をした自分がそれこそ本当にバカみたいで。


(さっきの「そうゆーとこも好き」もきっと俺をからかっただけなんだ)

(二学期になってからやたらと忙しくて、二人きりでゆっくり会ったり話したりって、久しぶりなのに……)


「なーに膨れてんだよ」と俺の頬にミルクティーの缶を押しつけてくる阿部はホントになにも分かってない。


「もうっ、熱いって」


膨れてなんかないし、とそっぽむいて答える俺に阿部はクックと笑った。


「交換してやっから、冷たいのよこせっつーの」

「え、」

「冷たいもんなんて飲んだらまた腹下すぞ」

「またってなんだよ!平気だよ、これくらい」


(阿部ってば絶対俺のことバカにしてる!)


イッキ飲みする勢いで、冷えたミルクティーの缶のプルタブに指を掛けた。



ーーと、


「さかえぐち」


その上に、阿部が手を重ねてきて……


「いい子だから、意地張らないでよこしな」

「っ〜〜〜」


至近距離で見つめられて、そんなこと言われて。

固まってしまった俺の手からやすやすと冷たいミルクティーの缶を奪うと、阿部は温かいミルクティーの缶を俺に握らせた。


「お前、指、すっげぇ冷えてんじゃん」

「……」


早く飲めよと促されて、両手で缶を包み込むように持ってミルクティーを口にした。


「…あったかい……」


ほぉ〜と吐く息と共に体が暖まって緩んでくる。


(さっき、俺の手に触れていった阿部の手も温かかった……)

(手を…繋ぎたい、とか思うのは…俺だけ、…かな)


横目で阿部を見ると、交換した(というより、取り上げた)冷たいミルクティーを飲んで顔をしかめていた。

「冷たい?」心配になって訊くと
「っていうより、甘すぎ」とミルクティーの缶をしげしげと見た。


「ミルク25%増量って、砂糖も増量してんだろ、絶対」

「そうかな、あったかい方はそんなに甘すぎないけど」

「お前みたいな甘党に言われても」

「む、ホントだもん」


「あー、じゃあ、一口分けて」って言われて缶を差し出すと「じゃなくって」とじっと見つめられて体温が上がる。



視線の先にある俺の唇は物欲しげに濡れていたりするんだろうか。



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