treasure(捧げもの)


□新年のご挨拶に伺いました。
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来客者名簿を辿る指先がぴたりと止まった。

読み間違いを避けるため平仮名で打たれた四文字は、とりたて珍しい名でもないが、ありふれた名でもない。


『みずたに様』


「みずたに……」自ら発した音が己の耳に届くのを恐れるかのように、ほとんど声を出さずに唇だけを動かしたというのに。

その名は十年余りの歳月を経てなお、圧倒的な懐かしさと切なさを持って栄口の胸を刺した。


(みずたに……)


「栄口さん?どうかしました?」


名簿を手にしたまま固まってしまった栄口に派遣のアシスタントの女性が声をかけた。

「いや、なんでも……。この『みずたに様』ってYS商事の新しい担当さん?」

「はい、年末に急な配置換えがあったそうで。その事情説明と新年のご挨拶にと――」

「みずたに……下の名前はなんていうのかな?」

「申し訳ありません。フルネームまではお伺いしてなくて……」

「そう、だよね。ごめん。――二時の来社予定か……」


どうしよう。この『みずたに様』があの水谷だったら――。


(『俺はお前のこと忘れるから。お前も俺のこと忘れて――』)


嘘つき。忘れることなどでっきこないって、初めから解っていた。

ただ懸命に思い出さないようにしていただけ。

今日だって、一月四日は誰かの誕生日なんかじゃなくて『仕事始め』の新春の一日だと言い聞かせて――。


「悪い、ちょっと休憩させて」

「大丈夫ですか?顔色悪いですよ」


大丈夫、と力なく微笑んで栄口は来客者名簿を閉じた。


忘れたい記憶はどうしてこうも人を苦しめるのか。





「YS商事の水谷と申します。新年のご挨拶に伺いました」


パーティションの影で栄口が聞いたのは、大人の男のよそいきの声。

きっと彼は親しみの欠片もない目で自分を見るだろう。




「栄口さんはいらっしゃいますか?」



ただ、自分の名を呼ぶその一瞬だけ、彼の声にかつての甘さを感じて栄口は泣きそうになった。



(裏切ったのは俺の方なのに――)


* * *

海都さんの日記の
"来客名簿見てたら『みずたに様』ってあったー!"
というネタから妄想してしまいました。

毎度ユカイな日記で楽しませてくれる海都さんに捧げます。

そしてハピバ!水谷


2014,01,04

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