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□君が大人になる前に 1
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クルクルと器用にシャープペンを回しながら、問題を解いている。


暮れなずむ放課後の教室に生徒は水谷文貴だけだ。


さっきまで聴こえていた吹奏楽部の練習の音のも途絶えた。


静まり返った教室に水谷の口ずさむ歌が微かに流れる。


♪らすない あわず どりーみん……


自分1人だけしかいないとはいえ、補習中なのに、クルクルとシャープペンを回して、頬杖ついて歌まで歌うのはリラックスしすぎじゃないか。?

注意しようかと思ったけど、一応プリントに回答は書き込んでいるし、何よりも甘い歌声をもう少し聴いていたくて黙って見ていた。


栗色の柔らかそうな前髪がふわっと額に垂れている。

同じ色の瞳は今は伏せられているけど、ときどきドキッとするほど大人びた光を放つ。

長い睫毛はくるんと上を向いていて、鼻筋は綺麗に通っている。

整った顔立ちを冷たく感じさせないのは、いつも浮かべている人懐っこい微笑みと僅かに下がった目尻のせいだろう。


「せんせ、栄口せんせぇ」

「え、あ、……プリント解けた?」


プリントから顔を上げた水谷と正面から目があって何故だか俺の心臓は跳ねた。



「これってどういうこと?」


水谷がとんとんと長い指で指したのは小野小町の和歌だった。



うたた寝に
恋しき人を見てしより
夢てふものは
頼み初めてき


「これはね、『うたた寝したときの夢に恋しいあなたを見てしまってから あなたが私を想ってくれていると、夢を頼りにし初めてしまった』って恋の歌だよ」

「意味分かんない」


くるん、とシャープペンが回される。


「『意味が分かりません』だろ?友達じゃないんだから」

「『先生』と『生徒』だもんね……。みんながいるときはちゃんと敬語使ってるから、今はいいでしょ?」


上目遣いで甘えられて「今だけだからな」って、苦笑する。

自分の武器をよく分かってるのか、自然に甘えてくるのは末っ子ならではのものなのか。いずれにしろ、教師としてどうかと思うが俺は水谷のふにゃっとした笑顔に甘い。


「平安時代は相手が自分を想ってくれているとその人が夢に現れると思われていたんだ」

「ふうん。普通に考えたら逆じゃない?好きだから夢に見るんでしょ?」


くるんくるんと器用にシャープペンを回す長い指。うっかりすると見とれてしまいそうだ。


「相手が自分のことを好きで、夢の中に訪ねて来てくれたって考えると嬉しくない?」

「俺、昨日……栄口せんせの夢みたよ」


ぴたっとシャープペンを回していた指が止まる。



細くて長い指は綺麗だけど、手首の出っぱった骨はやっぱり男のものだな、と俺はぼんやりと思う。



♪らすない あわず どりーみん……


一節口ずさんで、



「ねぇ、せんせ……それってどういうことだと思う?」



甘く熱っぽい目で聞いてきた。






 
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