parallel


□Holy night
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水谷から電話があったのは12月の半ばごろ。

メールはもちろん、たいした用がなくても電話してくる水谷からしばらく連絡がなくて、そういえば、アイツどうしてんだろ?と思っていた矢先のことだった。


「久しぶりだなぁ、水谷。バイト忙しいの?」


午後の講義を終えて部屋に返る途中だった俺は構内を歩きながらケータイに出た。


『うん、寒くなってからお客が増えたぁ。そっちはどぉお?』


水谷は趣味と実益を兼ねて(バイトは半額でCDもDVDもレンタルできるらしい)レンタルショップでバイトをしている。


「俺のほうも最近お客が増えたかな(因みに俺はゲーセンでバイトしている)。新しいバイトってなに始めたの?」


みんな寒いと屋内で楽しもうとするんだねぇ、って水谷の言葉に同意する。

俺も休日は部屋でコタツムリになってるからなぁ。

それでもときどき、冬の早朝に息を白くしてチャリをこいで朝練に向かった日々を懐かしく感じることがある。


「で、何?忙しいのにわざわざ電話なんて」

『あのね、クリスマスって予定ある?』

「クリスマスって25日?」

『うん。俺、23と24はバイトなんだよね。25日は一日空いてるから一緒に遊ばない?バイト、入ってる?』

「デートの予定が入ってるかは訊かないんだ?」


ーーないけどさ、そんな色っぽい予定なんて。


『えぇと、失礼しました、栄口くん。クリスマスにデートの予定はありますか?』

「……ない」

『じゃあ、俺とデートしてください。お願いシマス』


口調だけは改まった、笑いを含んだ水谷の誘いに素直にyesと答えるのが癪で、「どうしよっかなぁ」と呟いた。

本当は話してるうちに、久しぶりに水谷と会いたいって気持ちがどんどん強くなってるのに。

同じ県内の大学に通う水谷とは割りと頻繁に会ってると思うけど、日常のふとしたときに、今水谷がいたらなぁ、って思うことがよくある。

例えば、新発売のお菓子を見つけたとき、空にぽっかり浮かんだ雲がうさぎに見えたとき、ザリザリと初霜を踏んだとき、胸に残る歌詞を聴いたとき……、水谷といたら、そんなささいな出来事が特別なことみたいにキラキラと輝くのに。

高校時代に毎日見ていたあのふにゃんとした笑顔で、「うわぁ、すごいね、さかえぐち」って言って欲しいときがあるなんて、水谷には内緒だけど。


「バイトは入れてないけど、前の晩、阿部がご飯食べに来るんだよね〜。どーせ、アイツ飲んで泊まっていくだろうし、飲んだらなかなか寝かせてくれないから、次の日、俺、疲れちゃってるかも」


阿部とは学部が違うけど、同じ大学に通ってて。アイツ、「飯作ンの、めんどくせぇー」って、寮に入ったくせに時々、「栄口、なんか食わせて」って俺のとこにご飯食いに来ている。(寮の食事はどうやらお気に召さないらしい)

一応、本人は気を使って食材だのビールだの缶チューハイを下げてくるけど、食べて飲んでシャワー浴びて泊まっていく状態は(キモチ悪い例えだけど)半同棲みたいではないかと、思わないでもない。

阿部は飲んだらゴォゴォいびきかいて叩いても蹴っても起きないから、俺はなかなか眠れたもんじゃなくて、阿部にもし、同棲するようなもの好きな彼女ができたら、俺はその子に心から同情する。


ーーあれ?水谷、どうしたんだろ?

"えぇ〜、阿部なんかほっといて、俺と遊ぼうよー"って、反応が返ってくると思ったのに。


「もしもし?水谷、聞いてる?」

『ーー聞いてるよ』


思いのほか低く硬い声がケータイから流れてきて、俺は一瞬どきりとした。


『イブは阿部と一緒なんでしょ』

「う、うん。昼間は別行動だけど……お互いバイトもあるし」

『ーーズルイよ、阿部は。高校のときは三橋のことばっか構って、栄口に哀しい想いをさせてたくせに。卒業して同じ大学に進学したら、いつのまにか栄口を自分のものにしちゃって』

「……なっ」


高校生の一時期、阿部に片想いしていたことを指摘されて、言葉につまる。

それに、

"栄口を自分のものにしちゃって"

ーーなってないって、俺は阿部のものにも、他の誰のものにも。

阿部のことはもうとっくに吹っ切れて、友達以外、何者でもない。

あー、俺、コイツのこと好きだったときもあったんだよなぁ、ってそれくらいのモンだよ。

お前、中途半端に人の気持ちに気づいて変な誤解すんなよ。


「水谷、俺と阿部は……」

『いい、言わなくて。聞きたくないし。イブは好きな人と二人で楽しんだらいいよ。でも、25日は俺と会って。ーーああ、寝かせてもらえないくらい情熱的な夜になるから、次の日起きるのがツラいんだっけ?だったら、夕方からでいいや。5時半に俺の部屋に来て。食べ物とケーキ用意しとくから』


"俺と阿部はそんな関係じゃない"

"水谷の誤解だって"


そう言いたいのに、一方的に話し続ける水谷の声があまりにも冷たくて、突き放されるようで、言葉が出ない。

ケータイを握る指先がすーっと冷えていくのが分かった。


「水谷、ね、聞いてーー」

『いいって。……じゃ』

「待っ……」


こんなの嫌だ、いつもみたいにフワフワした優しい声で『ばいばーい、またねぇ』って聞かせろよ。


虚しく響く、電話が切れたことを告げる通知音に泣きたくなった。






俺、デートの予定はないって言ったじゃないか。

人の話はちゃんと聞けよ。





俺の好きなのはもうずっとずっと前からお前なのにーー。


 
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