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「あ―、阿部ぇ、ここ座っていい?」


聞き慣れた声に嫌々顔を上げると、へらぁっと笑った水谷が返事を待たずに目の前の席に座るところだった。

大学の食堂での昼のピークは過ぎている。

周りをよく見ろ。空いてる席は他にもあるだろ。なんでワザワザ俺のテーブルに来るんだ。

水谷の手にしたトレイに目をやる。

A定……か。

人がかけ蕎麦食ってんのにこれ見よがしに海老フライなんぞ食いやがって。

何が「タルタル美味しい〜」だ。海老フライにはソースだろ。


「もうすぐ栄口の誕生日だねぇ、楽しみだねぇ」って相変わらずふにゃふにゃしたしゃべり方にイラっとする。


「なんでお前が栄口の誕生日を楽しみにしてんだよ」


恋人でもないのに、と言外に伝えたつもりだが、通じているのかいないのか。


「阿部はもうプレゼント買った?俺はねー、夏フェスのチケット買ったんだー。栄口、一回行ってみたいって言ってたから。栄口と一緒に行くの今から楽しみぃ」


人にものを訊いておきながら、返答を待たずに訊かれてもいないことをベラベラしゃべるなっつーの。


「俺はまだ買ってねぇ。それより、いつどこであるんだよ、そのライブ」


去年の天皇誕生日にもクリスマスプレゼントだとチケット片手に現れた水谷に、栄口をライブへと連れ去られた。

今度はぜってー阻止する。


「えー、まだなの?あ、なに買うか決められないの?

栄口はねー、新しいスニーカーが欲しいって春から言ってたよ。

あとねー、薄手のパーカがあったらいいなぁって。

梅雨どきって冷えるし、栄口、冷房あんまり得意じゃないからね。

この前出掛けたとき、一緒に探したんだけど、気に入るのがなくってね。

ん〜、トースターが壊れてるって話だから、パンダの焼きあとがつくトースターとかでも喜ぶかもよ?

栄口ってそういうの好きだから」


あきれるほどしゃべった中に、俺の質問に対する答えが欠片もないってのは驚愕の事実だ。

ていうか――。


「お前に教えてもらわなくても栄口の欲しがってるもんも、喜びそうなもんもお前以上に知ってるよ」


栄口のことならおまかせ、と言わんばかりの水谷にムカついた。

冷房が苦手な栄口のためにどれだけ俺が夏の夜のエアコン設定に気を使っていると思っているんだ。

お前、寒さに目覚めて俺の足に足を絡めて擦り寄ってくる栄口を知らないだろ。ざまーみろ。

それなのに、栄口の部屋のトースターが壊れているという、ささいな情報を今ここでこいつに聞かされるまで知らなかったことが何故か堪らなく悔しかった。


「お前なんかより、俺は栄口のこと知ってるし、ずうぅうっと解ってるよ」


「へぇ?」


水谷は剣呑な光を宿した目で俺を見据えてきた。





「じゃあ、阿部は栄口が何をされたら泣きたいくらい哀しくなるって知ってるの?」


「は?お前、なに言って……」


「付き合ってるヤツがいるのに、この世で独りぼっちみたいな気持ちになって、

別れたほうが楽だって分かってるのに別れられなくて、

ずっと自分は一番になれないんだって苦しんでた、

栄口の気持ちとか、分かるの?」




なんだよ、それ。


お前、栄口に片想いし過ぎておかしくなったんじゃねーの。



栄口が誰と別れたほうが楽だって――?




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