short・巣栄


□Sweet honey 1
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「栄口、これ食う?」

「なにそれ?」


帰りのSHRが早く終わって、部室に一番のりしたのは俺と栄口。

「腹減ったー」なんて言いながらロッカーを開けた栄口に俺が差し出したのは、


「フルーツタルト、いや、フルーツコンポートだったかな」

「……どうしたの?それ」


あれ?

甘いものの好きな栄口は喜ぶかと思ったけどそうでもない……っていうかむしろ機嫌悪い?


「8組の女子にもらったんだけど……調理実習で作ったって」

「ふうん。じゃあ、巣山が食べれば」
「いや、だって俺フルーツ食えないし……栄口はこういうの好きそうだし…食べるかと思ったんだけど……」


なんだろう、絶対怒ってるぞ。

ジロッとこちらに向けた視線が冷たくて、俺はしどろもどろ答えた。


「俺、いらない。巣山に食べて欲しくてくれたんだから、巣山が食べるのが礼儀だろ」


もしかして、これはヤキモチとかいうやつでは……。

嬉しいかもと思ったのは一瞬で、俺など存在しないかのように着替えだした栄口に慌てて説明する。


「……いや、あの……その子委員会が一緒で、部活前って腹減るって話をしたのを覚えてたらしくて、これ失敗したからあげるって。運動部なら質より量でしょって。……質より量って言っても一個だけなんだけど、それはきっとその子が失敗作を食べ過ぎたからで……もうこれはいらなかったんじゃないかな。だから、その…特別な意味はなくくれたわけで……。俺は栄口にやったら喜ぶかなと思って受け取ったんだけど……」


説明というより言い訳になった……。

「はぁー」


大きなため息とともに手の平に載せっぱなしだったフルーツタルト(だかコンポート)の入っていた袋を栄口が持ち上げた。


「失敗作をこんなに可愛くラッピングして、8組から1組までわざわざ持ってくると思う?」

「……」

「『うまかったよ。あれのどこが失敗作だったんだ?』……とか言える奴だったら、その子も良かったろうにねぇ」


……そういうことだったのか?

俺には考えもつかない展開だ。


カサコソとリボンをほどいての袋から栄口が問題の菓子を取り出した。


「見た目だってキレイだし、失敗作とは思えないな。……ほら、嫌いでも一口くらい食べてあげなよ。一生懸命作ったんだよ、きっと」


そう言われて「あーん」と促されればもう観念するしかなく、俺は目を閉じて差し出されたフルーツなんとかにかじりついた。


「うぐっ」


噛むのが嫌で丸飲みしたら喉が変な音を立てた。


「美味しいのに」


俺のかじった跡にかぶりついて栄口が言う。


もっと別の食い物なら交互に食べて間接キスを楽しむのに。

……フルーツがうらめしい。

そんな俺の気持ちも知らず、栄口はパクパクとフルーツタルト(もしくはコンポート……どっちでもいいけど)を片付けた。


「ごちそうさま。巣山にありがとうって言うべきなのかな」


附せた睫毛が揺れている。

俺は気のきかないバカだ。

あの子にも栄口にも悪いことをした。

「栄口……」


うつ向いてしまった小さな顎をすくいあげて唇の端をペロリと舐めた。


「な、なにっ」

「カスタードクリームがついてた」

「え、ウソ」

「うん、ウソ」


慌てて口元を拭う栄口にそう答えてニッと笑うと「巣山!」っと真っ赤になった。


悲しませるよりは怒られたほうがいい。

一番いいのはもちろん笑っていてくれることだけど。


「ごめんな」


頭を下げると「ううん」と首が横に振られて、綺麗な茶色の目が近づいて来たと思ったら……唇に唇が触れた。


「口なおし」


そう言って照れたように笑った顔があまりにも可愛かったから、俺は思わずぎゅっ抱きしめてしまった。


「ちょっ、巣山!ここ部室!」

「あ、ああ。ごめん。つい…」

「もう誰か来るころだよ」

「ああ。……でも、もう一回いい?」

返事を待たずに唇を重ねる。

唇の隙間から舌を侵入させてためらう栄口の舌に絡ませる。


「ん…あ……」


そのまま強く吸うとビクんと体を震わせた。


「あ、んっ…!」


誰か来たらヤバいと思うけど止まらない。

甘い口の中をくまなく舐めて唇を離すと、くたりと身を預けてきた。


「すやま……」


濡れた唇でうっとりと名を呼ばれたら、理性は崩壊するばかりだ。


「さかえ……」


「ちーっす、腹減ったー!」


バーンっと部室のドアを開けて登場したのは我ら西浦の四番……とその後ろに三橋、泉。


俺は栄口から飛びすさって離れると
その色っぽい顔を背中に隠そうとした、んだけど


「あっれー、栄口どーしたんだ?」


田島はすたすたと回り込んできた。


「え、え、なに?どーもしないけど」

鋭い田島の視線にうろたえる栄口。


「なんか雰囲気違うし、のぼせたみたいな顔してる」


……さすが四番の目は伊達ではない。


「そ、そう?」

「桃みたいな頬っぺたしてんぞ。な、三橋!」


振り返って同意を求められるとぶんぶんと頷く三橋。


「み、耳も、赤くて……イチゴみたい、だっ」


「そのへんにしといてやれば」


笑みを含んだ泉の声。


「巣山はフルーツ嫌いだけど、栄口だったらいくらでも食えんだろ」

「泉っ!」

「なにそれ、どういうこと」

「さ、栄口くん、大丈夫?すごく、赤くなってる、よ」

「な、なんでもないからっ」


「あー、もうっ、うるさいぞお前ら!さっさと着替えてグラウンドに行け!」


いつの間に来たのか、頼れるキャプテン花井の一喝で事態は何とか収拾した。



俺は何であれ女子から物を貰わないことと、部室で色気を出さないことを決意した。









栄口がフルーツだったら、か……


俺は初めて

甘く熟して美味い、

というフルーツに対する評価が分かった気がした。







* * *

普段は冷静な巣山が栄口くんと一緒にいるとおろおろしたり抑えが効かなくなるのもいいな、などと思ったりして。

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