short・巣栄
□風立ちぬ
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朝晩涼しい風が吹くようになったものの、日中はまだまだ暑い。
9月になったからといって冷房の使用を制限する学校に俺は意義を唱えたい。
気温25℃以上ある日は夏日って言うくらいなんだから、まだ夏だろ。
ただでさえ、俺の体温を上げる存在が隣の席にいるんだから。
「じゃんけんポイッ!」
「うわ〜、また負けたー」
弁当を食べ終わった栄口と水谷が興じているのは『負けたほうが勝ったほうを十回うちわで扇ぐ』罰ゲームつきのじゃんけん。
そして、俺は今「巣山もやる?」って誘われたとき「俺はいい」って断ったことを後悔している。
「水谷、じゃんけん弱いねー」
「えへへ〜」と笑った水谷がうちわを手にとって「いーち、にーぃ」と扇ぎ始めると、栄口は気持ち良さそうに目を瞑って、水谷に向かって顎を上げた。
うっすらと開いた唇と、晒された喉。
じゃんけんに勝って栄口が扇がれるたび、キスを待っているみたいな横顔を見せられて、俺の鼓動は落ち着かない。
熱いのは気温のせいじゃなくて、確実に早くなった血液の流れのせいで体温が上昇しているからに違いない。
正面から栄口に風を送る水谷の喉がゴクリと上下する。
お前、このためにうちわ持参で弁当食べに来たんじゃないだろうな。
「栄口〜、阿部ったらヒドイんだよー。俺のうちわに、見てよ、これ」
昼休み、栄口に会った瞬間、『クソレ水谷』とマジックで書かれたうちわを見せてフニフニ言ってた水谷。
栄口はねだられるまま、『クソレ』の文字を消して『ナイスレフト』って書いてやっていた。
(『目指せ!』って書かなくていいの?とも聞いていたけど)
ヘラヘラと笑うこいつが、こと栄口に関しては、抜け目ない部分を持っているのを俺は知っている。
「………はーち、きゅーう、じゅっ!はい、終わり!」
「ありがと。でも……なんか俺ばっか扇いでもらって悪くない?」
「そんなことないよー。たまたま俺の負けが続いただけだし。次は勝つからね!」
「うん…」
複雑な表情をする栄口から、水谷がグーとパーしか出さないことに気づいていることが見てとれた。
(しかも、七割がグーだ。嫌でも気づく)
次はわざと負けてあげようか、とか優しいことを考えているのかも知れないけど、同情は禁物だぞ、栄口。
「じゃんけん、ポイッ!」
「あー、負けちゃった〜」
嬉しそうにうちわを手に取る水谷に、俺の体温はまた上がる。
(ここで初めてチョキ出して負けるとか、水谷の読み勝ちだろ)
「栄口、遠慮しないでいいからね」
「じゃ、頼むわ。今日って暑すぎるよね。全然、風ないし」
風を送る水谷に、また目閉じる栄口。
そこまでは、なんとか我慢できた。
「気持ちい〜」って、吐息まじりの呟きにも耐えた。
けど、シャツの襟元を手で引っ張って、胸元に風を入れようとするのはやめてくれ……。
「「〜〜っ」」
俺が口元を手で覆うのと、水谷の手からポロリとうちわが落ちるのと、殆ど同じだった。
「?」
ただならぬ気配に目を開けて、きょとんとする栄口。
手は襟元を広げたまま。
シャツの間から見える肌って、なんでこんなに扇情的なんだ。
「どしたの?二人とも顔赤くない?」
「え、あ、いや…」
水谷が慌ててうちわを拾う。
こいつの体温も一気に上昇したに違いない。
「栄口、俺、風が通るとこ知ってから!」
ガタンっと椅子を鳴らして立ち上がると、栄口の手を掴んで教室から連れ出す。
これ以上、水谷に扇がれてる栄口を見てたら俺は熱中症になっちまう。