short・その他
□秋からもそばにいて・泉栄編
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「今日もあちーな」
部活の休憩時間、額の汗をタオルで拭きながら隣の栄口に話しかけたら「でも、もう夏も終わりだね」って、あの少し高い、でも落ち着いた声で言われた。
「今日の最高気温は31℃つってたぞ?」
まだまだ夏だろ、どのへんが終わりなんだ、って聞いた俺に、「んとね」って、頬に人指し指を当てて言葉を選ぶ栄口。
見てると自然と口元が緩む。
「窓開けっぱなしで寝てたら、朝方、肌寒かったり……」
「ああ、それはあるな」
「朝顔が種つけてるのを見つけたり……」
「そうなのか?」
「うん、2週間くらい前から種ができてたよ」
学校に来る途中で朝顔を見かけるけど、俺はそこまでは気付かなかった。
「それに……今朝起きたら、弟の飼ってたカブトムシが死んでた……」
眉をハの字に下げた栄口が呟いた。
「夏の終わりはちょっと哀しくなる」
視線の先にあるのは地面に転がっているセミの死骸。
「なにもかもが俺から遠くなっていくみたいな気がするんだ……」
俺が隣にいるのに、そんな淋しそうな顔をすんなよ。
「俺は…遠くになんか行かねぇよ」
ずっと栄口のそばにいて、笑った顔ばかりさせてやりてぇのに、どうしたらそれを実現できるか分かんなくてーー俺は自分の無力さを思い知る。
握りしめた拳に、そっと栄口の手が重なった。
「泉、……秋からもそばにいて」
「ったりまえだろ」
栄口の指に指を絡めて手を繋ぐ。
伝わるこの温もりを大切すれば、どんな望みも叶う気がした。
穏やかに微笑む栄口に秋が優しく訪れますように。
* * *
夏の終わりにちょっと不安定な栄口くんと、そんな栄口くんに寄り添う泉を書きたかったのです。
このお話の続きと言えないこともないのが『秋が来て君は眠る』です。
→オマケ(『秋からもそばにいて』ちょっと病んでる栄口くんバージョン)