short・その他
□Twilight
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「なに見てんの?」
答えなど聞く前から分かりきっていた。
阿部の視線の先、夕闇に包まれ始めたグラウンドの片隅に水谷と栄口の姿。
さっきまでベンチで座って雑談していた栄口は「さかえぐち〜、ちょっと来てぇ」甘えた声で水谷に呼ばれると、しょうがないなぁ、と呟いて、でも嬉しさを隠しきれない様子で駆けていった。
二人はぴったりと寄り添って、水谷の差し出した手の平に載せられた何かを見ている。
それを見つめる阿部の目に宿る、切ないまでの渇望を見ていられなくて、俺は声をかけたんだ。
(そんなふうに栄口を見ても。アイツはお前のものになんねーよ)
心に浮かんだ言葉はそのまま、己に突き刺さる刃となる。
どうして阿部の視線の先に栄口がいることに気づいてしまったのだろう。
栄口の視線の先には水谷がいて、
水谷の視線の先には栄口がいる。
そして、
俺の視線の先にはいつからか阿部がいた。
見なければいいじゃないか、と思う。
栄口と水谷が幸せそうに微笑みを交わすところなど。
そんな胸が掻きむしられるような顔をするくらいなら。
「泉」
低く空気を振動させる声で名を呼ばれてどきりとした。
いつのまにか、水谷と栄口を見ているとばかり思っていた阿部の漆黒の瞳が自分を見ていた。
「あ……、なに?」
「具合でもワリぃ?どっか痛そうな顔してっけど」
見慣れた垂れ目が何故か優しく見えた。
見んなよ、俺なんか。
お前は栄口だけを見てればいいんだ。
俺なんか、見んな。
ーーさっきは水谷を好きな栄口など阿部が見なければいいと思ったのに。
矛盾する心が痛いーー。
見つめられても、俺の抱く感情に阿部が気づくはずがなく。
いくら阿部を見つめても、阿部の視線が俺に向けられることもなく、その想いが俺に移ることなどないのにーー。
「俺がどこが痛ぇとか、阿部には分かんねぇんだよな」
「……たりまえだろ。言わねぇと分かるかよ」
憮然として答える阿部が、栄口の隠している不調にはいち早く気づくことを俺は知ってる。
「じゃ、言わねー。仮に阿部に頭が痛いって言ったところで痛みがなくなるわけじゃねーし。、つ…」
頭、痛ぇのか?と額に手が当てられる。俺はおののくように頭を振って、その手から逃れた。
「頭なんか痛くねーし、熱もねぇよ。例え話だろ」
「なに怒ってンだよ」
「怒ってねぇよ」
「あっそ。顔赤いから怒ってンのかと思った」
「……怒ってんじゃねぇよ」
ーーただ、お前が好きなだけなんだ。
触れられたところから発する熱が夕闇に紛れて紛れてしまえばいいのに。
「栄口ーーっ、米なんかほっといて戻って来いよ!」
立ち上がって栄口を呼び戻す。
振り向いた栄口の無邪気な笑顔が夕闇に掠れて見えた。
………………
何となく思いついたお話。
私、泉は左派なのですがこれは阿←泉なのです。(因みに阿部は左右どっちでも大丈夫です)
泉は阿部とは違う意味で栄口くんが大好きなので、この状況はツラいと思う。
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