short・その他


□Snow day 後編
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PM12:40  沖 一利


"栄口、昼休みに弁当食べに来るって"


何気なく西広の言った言葉を反芻する。


栄口が、昼休み、弁当を食べに、来る。


それはけっこう珍しいことだ。

栄口はお昼休みは大抵、1組で巣山か水谷と弁当食べてるし、主将ミーティグで7組に行ってることも多いから。

考えてみれば、一つおいて隣のクラスの俺より水谷のほうが頻繁に栄口と弁当を食べてることになる。


(廊下やトイレで会うことは圧倒的に俺のほうが多いだろうけど、ゆっくり話すような場所じゃないし……)


でも、今日は栄口と一緒に弁当を食べながら、言葉を交わすことができる。

親切で面倒見がよくて、でも言わなきゃいけないことはちゃんと言って、後のフォローも忘れない栄口。

みんなに好かれて信頼されている栄口にホンの少しでも近づきたいけど、俺は水谷のような甘え上手でもなく、三橋や田島のように手がかかるタイプではないから、そういう意味で構ってもらうことはなくて。

巣山や西広のように一目置かれるような人物でもなければ、阿部や花井のように栄口と協力してチームをまとめていく中心的存在でもない。

同じ内野手だけど、俺より泉と気が合うみたいだし……。

栄口の頭の中に、俺の居場所ってあるのかな。


(あったとしても、隅っこなんだろうな)


そんなことを考えていたら、いつの間にか四時間目の授業が終わって、栄口が弁当を持ってやって来た。





俺と西広の席の間に空いている椅子を持って来て座ると、栄口はにこりと笑った。


「さっきの休み時間に沖の習字見て来たよー。やっぱ、字、上手いね」

「え、あの書道教室前のやつ?」

「うん。書道選択しているヤツに聞いたんだ。3組の野球部員の作品が貼り出されてるって」

「へぇ、そうなんだ。知らなかったな。俺も今度見に行くよ」


西広は美術、栄口は音楽を選択しているから、書道教室前の廊下なんて通る機会も必要もないのに。


「そんな…わざわざ見に行くほどでも……、」


栄口、さっきの休み時間に見て来た、って言った。

こんな雪の降る寒い日に、俺の習字が貼り出されてるって聞いてすぐ、あのただでさえ寒い特別教室棟に足を運んでくれたんだ。


(うわ、どうしよう、うれしい……)


「『冬来たりなば春遠からじ』ってなんか沖っぽいよね」

「そ、そうかな…?」

「うん」

三つあった課題の中から何となく選んだだけなんだけど。

至近距離で見つめられて頬が熱い。


(雪だったら俺、とっくの昔に溶けてる)


「沖の字を見たら寒くてもがんばろーって気になったよ。冬にならないと春が来ないんだもんね!」




栄口はそう言うと、元気分けてもらったお礼、って弁当箱の中から玉子焼きを一個分けてくれた。


(これが水谷がもらったって自慢してた、栄口お手製のチーズ入り玉子焼きかぁ……)


分厚い玉子焼きを頬張る。


「おいし……」
 

穏やかに笑う栄口に笑顔を返す。


雪降る空のそう遠くない向こうに、春が待っているーー。



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