short・水栄


□胡蝶の夢
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「みずたにー」



遠くで俺の好きな声が俺を呼んでる。


もっと近くに来てくれたらいいのに。


そしたら、捕まえて逃げられないようにしてしまうのに。











昨日みた、夢のようにーー。












「水谷ってば!」


「ふへっ」


肩を揺すられて目を開ける。


「なんだよ、ふへって。寝てたの?」


寝転んでる俺を覗き込んでいたのは、


「さかえぐち…」


「主将会議で7組に行くって言ったのに、お前、いないんだもん」

「あ、うん。……阿部がいっつも俺がうるさいって文句言うから、避難してた。……もしかして、探した?」

「ううん。屋上だろうなって思ったから」


当たったな、ってにっこり笑う栄口から目を逸らすように俺は起き上がって、片膝を抱えた。

阿部からじゃなくて、栄口から避難してたんだ、本当は。

栄口の真っ白な笑顔が今日の俺にはまぶし過ぎて、俺の心の影をより濃くする。




俺は汚れているから、栄口と一緒にいない方がいいのかも知れない。




「うわっ」


暗い気分になったところで、屋上を吹き抜ける強い風に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。


「水谷、すごい頭になってるよ」


髪に触れようと伸ばされた手を、頭を振って拒む。


(あ…、今の、感じ悪かったかも)


「ごめん。でも、どーせ、この風じゃ直してもキリがないから」

「確かに。台風近づいてるからね。暴風注意報出たって」

「マジで?」

「マジで」


おっきく目を開いて答える栄口。

差し出した手を避けられたこと、気にしてないならいいけど。

栄口、そういうの敏感だから。


「部活は?」

「うーん、注意報だからね。あるよ。ただ、様子見て早めに終わるかも」


いつもと変わりない、穏やかな栄口の口調にホッとする。


「水谷、もう弁当食べた?」

「うん」


そっかぁ、って呟いた栄口の手には弁当の包みがあった。


「……ごめん。一人で先に食べちゃって」


主将会議を終わらせて、屋上まで弁当持って上がって来たら、俺はとっくに弁当食って昼寝してたなんて、がっかりするよね。

でも、今日は栄口と弁当を広げる気になれなくて。


(一人で食べた弁当は味気なくてけっこう残してしまったけど)


「別にかまわないよ。約束してたわけじゃないしね」


優しい栄口の言葉に心臓がズキズキする。

約束してなくても、逆の立場なら栄口はきっと俺を待っててくれるって知ってるから。



自分のことしか考えてない俺は、やっぱり汚ない心の持ち主で、綺麗で優しい栄口に触れることはおろか、見ることさえ罪深い気がする。



栄口はすとんと俺の隣に腰をおろして、弁当の包みを開いた。



清潔な横顔。



洗いたてのシーツみたいに、真っ白で汚れなんて一つもない栄口。








昨日、俺がどんな夢をみてたか知ったら、きっともう、こんなふうに無防備に近づいてこないだろう。







「水谷……?」



俺の視線に気づいて、栄口の箸を持つ手が止まる。

どうしたのって、言いたげに首を傾けて俺を見る、澄んだ茶色の瞳。





昨日、夢の中で、





俺はイヤホンコードを使って、栄口の両手首を一つにまとめて縛りつけていたーー。



夢の中で、



ふわりと笑った栄口が言ったんだ。



「水谷の好きにしていいよ」



って。





羞恥に身を焼きながら、快楽に泣き乱れる躯を俺は何度も何度も貫いた。

許しを懇願する栄口に、やらしい言葉や痴態を強要してた。

「お願い、ほどいて…っ」って泣きじゃくる声も、「ふみきぃ」って切なくて甘い声も、「やだぁ」って言いながら、俺を奥へ奥へと誘いこむ粘膜の熱さも、ひどくリアルだった。

目にいっぱい涙を溜めて、訴えるように俺を見てたのは、今も目の前にあるのと同じ、青みがかったグレーに縁取られた茶色の瞳。






夢の中で俺は、




栄口を汚すことに悦びを感じてた。



大好きな、誰よりも何よりも大切な栄口なのに。



ごめんね、栄口。



夢の中で、君は何度も俺に汚されて、透明な涙を流してるんだ。





その涙を現実にも手に入れたいなんてーー。







ビューっと強い風が吹いてくる。


嵐が近づく。


この風に俺の醜い欲望も吹き飛ばされてしまえばいいのに。 

 
 
 
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