short・水栄
□My favorite color
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昼休み、主将ミーティングで7組に来た。
花井と阿部の机を向かい合わせてくっつけて、その真ん中に学食に行ってる奴の椅子を借りて座る。
俺の後ろに水谷の席。(さっきまで一緒に弁当を食べてた)
ふわぁ、ってあくびした水谷が机に顔を伏せたのが気配で分かった。
寝ちゃダメだよ、水谷。
次、英語当たるんでしょ?
いくら花井の得意科目だからって、教えてもらうばっかじゃなくて、自分で予習しないと。
心の中で語りかけて、机の上に広げたノートに『グラウンドの使用時間について』と書き込んだとき、背後で「水谷くん」と明るい女の子の声がした。
「ごめんね、寝てた?」
「寝てないよ〜、なあに?」
ざわめく教室の中で、なぜかハッキリと聞こえた、水谷が体を起こしたであろう衣擦れの音。
「ちょっと聞きたいことがあるんだぁ」
高く可愛いらしい声に、俺の耳は花井の言葉を拾うのをやめて、水谷と女の子の会話を追ってしまう。
「水谷くんの髪、キレイな色だよね?染めてるの?」
「染めてないよ〜。地毛だよ〜」
「えー、ホントに?」
「ショーシンショメー、生まれつきデス」
「いいなぁ。キレイなキャラメルブラウンだよね」
キャラメルブラウン…っていうのか、水谷の髪の色。
俺は明るい栗色って思ってたけど、女の子の例えは可愛いな。
「……ち、栄口!」
「え、な、何?」
花井の声に思考が中断された。
「『何?』じゃなくて、ノート、書いて。火曜と木曜は30分以内なら延長願い出さなくてもオッケーになったから」
そうだ、ミーティング中だった。
集中しないと。
けれど、俺の耳は水谷と女の子のやり取りが気になるようで、俺の言うことを聞いてくれない。
「陽に透けるともっとキレイなんじゃない?髪の毛、ふわふわで、柔らかそう……」
柔らかそう、じゃなくて。
水谷の髪はホントに柔らかくて……。
あのふわふわした髪が肌に触れると、どんなにくすぐったいか知らないだろ。
陽に照らされた髪が金茶色に輝くのだって、俺はもう数えきれないくらい見てるんだから。
「……栄口、そこ、間違ってる」
「えっ、どこ」
耳元でボソリと阿部の低い声がして慌てて、ノートに目をやる。
「延長願いがいらねぇのは、火木。水曜になってっぞ」
「ご、ごめん。えーと、消しゴム……」
ほれ、と花井が投げてくれた消しゴムを受け取り損ねた。
「ね、髪…触ってもいい?」という女の子の声にギクリとする。
腰を屈めて椅子に座ったまま、床に転がった消しゴムに手を伸ばす。
震える指先で消しゴムを拾って、チラっと後ろの二人を振り返る。
女の子の白い指先が水谷の前髪を一房摘まんでいた。
やだーー。
触るなよ。
すぐに目を逸らしたのに、胸の中にムクムクと黒い雨雲のような塊がわき起こる。
やだやだやだやだ。
触るなってば。
いったいなんの権利があってあの子は水谷の髪を触ってるんだよ。
(権利だなんて、自分こそ何様のつもりだーー?)
頭の中で、もう一人の自分が自分に問いかける。
(水谷、楽しそうに笑ってなかったかーー?)
(水谷が嫌がっていないことに、どうしてお前が口出しできるんだよ?)
ぐしゃり。
消しゴムを書けてたページがよれた。
「貸せ。俺が書く」
隣でため息をついた阿部にノートと消しゴムを取り上げられた。
「栄口?腹の調子でも悪いんか?」
花井の言葉にお腹に手を当てて「うん、ちょっと」と答えると、続けて「トイレ行くか?」と聞かれたんで首を横に振る。
でも心の中では、楽しげに女の子と話す水谷の声をこれ以上聞きたくなくて、早く1組に戻りたいって思っていた。
「うわぁ、水谷くんの髪、ホントに柔らかいんだねぇ」
「大変なんだよぉ。クセつきやすくて。そっちこそキレイなストレートでうらやましいよ。サラサラだねぇ」
さっき見た、艶々とした長い黒髪を思い出す。水谷はああいう髪の子が好きなんだ……。
「ふふ、ありがとう。トリートメントを欠しませんから」
俺はそんなのしたことないし、髪がキレイなんて言われたことない。
ーー俺の髪なんて褒めてくれなくても構わない。でも、他の誰かの髪をキレイだなんて言って笑わないで。
バカなこと考える自分が滑稽で笑いたいのに泣きたくなった。
「でもねー、今のまんまじゃ重たいからカラーリングしようかと思って。水谷くんはどんな色が好き?」
「おれ?俺はねぇ……」って、なにそんな甘えた声出してんだよ。
ーー俺なんか、お前の髪が赤でも青でも好きなのに。
ああもう、いっそ花井や巣山みたいに坊主にしたらいいんだ、水谷も。
そしたら、女の子に褒められてニヤケて、髪触られるなんてことなくなるのに。