short・水栄


□夢みる聖夜
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階段を上る足が重い。

ああ、これは夢だな……、頭の片隅で思う。

古いアパートの軋む階段。

ため息をつき、足を引き摺るように階段を上りきり、コートのポケットに手を入れる。

指先に触れる、硬く冷たい金属。

手の平に食い込むほどぎゅっと握りしめる。

痛みは――俺を覚醒には導いてくれなかった。

ポケットから小さな鍵を取りだし、歩くこと数歩。

目的の扉の前で立ち止まる。



夢の中。

俺はカチャリと鍵を開け、ドアノブに手をかける。

靴を脱ぎ、薄暗い室内を奥へと進む。電灯のスイッチを入れ、眩しさに瞬きを数回。

ガランとした何もない部屋の隅に大きな檻とうずくまる人の形。

俺はほっと詰めていた息を吐いた。


「栄口……」


できる限り優しく呼びかけたのに、檻の中、膝を抱えて栄口はビクリと肩を震わせた。


「ごめんね、遅くなって。いいもの買って来たよ」


檻へと近づき、いつのまにか手にしていたクリスマスケーキの箱を掲げて見せる。

こういうときって夢って便利だな、と思う。

現実だったら買えないような有名店のおっきなケーキだって買ってあげられる。

だけど、栄口は嫌々と首を振りながら、俺から離れようと座ったまま後ずさった。

俺は少々ムッとする。

狭い檻の中、僅かばかりでも俺から離れたいというの?


「ほら、出ておいで栄口。一緒に食べよう?」


「やだ…」と、栄口の唇の動きだけで拒絶を伝えてきたけど、見ないふり、気づかないふりでスルーする。


「飲み物何にする?紅茶…ココアのほうが生クリームに合うかな」

「い、いらな……」


頼りなげな小さな声が答える。

可哀想に、何にそんなに怯えてるんだろう。

ここに、俺と一緒に居れば安全なのに。


「ほら、早くこっちにおいで」


鉄柵に手を掛ける。


――この檻には鍵がかかっていない。

鍵を掛けていなくても、栄口は俺の許可なしに檻から出たりはしない。

逃げようとすればどんな目に合うか、身にしみて知っているからーー。

夢の中で、俺は栄口にどんな仕打ちをしたんだろう。


『やめて、もう許して水谷。なんでも…言うとおりにするから』

『もう逃げたりしないから。お願いだから…っ、これ以上酷いことしないで』


泣きながら嘆願する栄口を歓喜して抱き締めた記憶はぼんやりとあるけど…………

…………大好きな栄口に俺がそんな酷いことをできる訳がない。


――夢の中の記憶は曖昧だ。


「ゆーと、早くそこから出ておいで」


ゆーと、と名を呼べば「お、怒らないで」と体を震わせて栄口は檻の扉を自ら開けた。


怒る?

誰が?

(俺が?――なんで?)

誰を?

(栄口を?――まさか!) 


「寒いの?こんなに震えて。鳥肌立ってるよ」


おずおずと檻から出てきた栄口に「可哀想に……」と耳元で囁いて華奢な体を抱き締める。

腕の中で強張る筋肉の動きがはっきりと感じ取れた。

シャツの下、忍び込ませた手を栄口の素肌に這わすーー指先で胸の尖りを掠めるようにして。


「……っ」

「ゆーとの肌は冷たいね。――中はあんなに熱いのに」


敏感な胸の粒を中指と人差し指の間に挟んでウニウニと刺激してやる。


「んっ、――み…ずたに」

「これだけで……乳首、立つんだ?」


やらしいね、と囁けば羞恥に頬を染める様子が愛らしい。

しばらくそこをグリグリと弄って必死で声を殺そうとする栄口を堪能してから、潤んだ目元にキスを落として解放した。

――取りあえず、今は。


「ケーキ、食べよっか?今日はイブなんだよ」

「もう…クリスマス……?」

「そうだよ」


ここに連れて来られて、閉じ込められてーー栄口に時間の経過など知るすべもない。


「いい子にしてたらサンタクロースが来るかもね?」


目付きの悪い垂れ目のサンタが囚われの可愛いトナカイを救出に来るって?

あり得ないね!

これは俺のーー俺だけの夢だ。誰にも邪魔させない。


「ふふっ……ゆーとは俺のものだ」

「みずたに…?」

「今日は特別な日だから、いつもより虐めてあげる。俺だけにために可愛いく鳴いて?」


下半身をソロリと撫でる。

じわり、栄口の茶色の瞳に涙が浮かんだけど、同時にアソコがピクッと反応を示したの、俺はちゃんと知ってるよ?

痛いこととか、恥ずかしいこといっぱい俺にされて、感じちゃうんようになったんだよね、栄口は。



―――――ずっと俺だけの栄口が欲しかったから、もう絶対に手離さない。



大好きな栄口。

ずっとずっとこの夢の中、怖いくらい気持ち悦くしてあげる。


「ゆーと、一緒にケーキ食べよ?たっぷりの生クリームを味あわせてあげる」


上の口にも下の口にもねって、恥ずかしい台詞だって夢の中の俺なら平気で言える。



栄口と阿部が肩を寄せあって、クリスマスに賑わう街のイルミネーションの中に消えていくのを見送ることしかできなかった、ヘタレな俺とは違うんだ。



* * *


2012,12,25


→栄口くん編

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